経験ゼロ、知識ゼロで異業種へ転向。南イタリア、プーリア州のワイナリーの魅力を日本へ伝える “ワイン界の異端児”
日本では年々ワイン消費が増えており、市場も拡大しています。スーパーマーケットでは世界各地のワインを安価に購入できることもあって、味や産地に詳しいワイン通も増えているようです。そんな中、希少なワインを手に入れるとなったら、オンラインショップや通販が頼れる存在と言えるでしょう。実際にワイン専門のECサイトは増加傾向にあり、Wine Shop Terreもその一つです。運営している武尾昭秀さんは、起業前は国際協力機構や日本政府観光局などに在籍し、まったくの異業種からワインの世界へと飛び込んだのだとか。今回は、そんな一風変わった経歴をもつ武尾さんに、ワインとの出合いや起業のきっかけなどを伺いました。
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プーリア州の高品質ワインだけを取り扱ったオンラインのワイン専門店
――事業内容について教えてください
南イタリアにあるプーリア州の小規模生産者が作る高品質ワインだけを取り扱ったワイン専門店のECサイトを運営しています。そしてもう一つが、スペインのバスク地方で作られている、ワインを海に沈めて熟成させた「海底熟成ワイン」の輸入販売を日本の代理店として展開しています。
――プーリア州のワインの特徴を教えてください
プーリア州は気候が温暖で、太陽をたっぷりと浴びてブドウが熟しているので、果実味がしっかりしたパワフルな味のワインが多いです。もちろんエレガントな風味のワインも作れるのですが、酸味が強く感じられるなど味わいがはっきりしているのが大きな特徴です。味がぼやけたような、薄く感じるワインはほとんどないですね。
――販売形式はオンラインのみでしょうか?
基本的に個人消費者向けにはオンライン販売をしていて、あとはレストランへ卸販売もしています。エリアは鎌倉や東京都内で、主にイタリアレストランですね。当社が取り扱う商品は生産数の少ない価格帯が少し高めな高品質ワインなので、卸先もワインにこだわっている高級レストランがほとんどになります。
ロンドンで出会った、自分の人生を楽しんでいる人たち
――起業したきっかけを教えてください
新卒で入社したのが国際協力機構(JICA)で、主に開発途上国の支援をしている団体です。そこで11年間勤めました。その後、日本政府観光局(JNTO)へ転職し、ロンドンに駐在する機会があり、そこで4年ほど過ごしました。ロンドンにいる頃に感じたのが、現地には自分の人生を楽しんでいる人が多いということ。もちろん勝手な印象ですが、働き方として会社勤めしている人もいれば、やりたいと思ったことをビジネスとして立ち上げる人がたくさんいて、それぞれが楽しく生きているという印象を持ちました。そうした環境に感銘を受けたのが起業を考え始めた最初のタイミングでした。
――自由な生き方に憧れたわけですね
はい。それで私もそんな生き方をしたいという思いが芽生え始めたのですが、現実はそううまくはいきませんよね。組織に属していると勝手な行動は許されませんし、私の場合は次の赴任先を突然知らされるなど、働く場所も自分では決められない。もちろん、それはそれで行ったことのない国で生活できるといった楽しい面もあるのですが、どこかで自分の人生は自分で決めたいと思うようになりました。また定年を迎えた後、経済的に安心して生きていけるか疑問を感じていたところもあって、早いうちから自分のビジネスを持っていたほうが人生を最後まで自分らしく楽しめるのではないかという思いも湧いてきたんです。それなら定年を待つまでもなく、今から自分でビジネスを起こしたほうがいいと、赴任先のロンドンにいる間、自分にできそうなビジネスを思い描きながら毎日を過ごしていました。
――ワインの輸入販売を思いついたのはいつですか?
ロンドンはワインの流通の中心地と言われていて、世界中のワインが集まる場所でもあります。住んでいるといろいろな国のワインを楽しむことができて、その魅力にどんどんはまっていきました。プーリア州のワインはそこで出合ったものの一つで、初めて飲んだ時は本当に感動しました。その後、現地に旅行し、ワイナリーを巡ったのですが、小さな家族経営のワイナリーがいっぱいあって、品質がとにかく高いんです。でも、日本でのプーリアワインの評価はというと、「安いけどそれなりにおいしい」というのが一般的で、とても残念な気持ちになりました。それからは、プーリアワインのイメージを覆したい、現地の家族経営でがんばっている生産者を応援したいと強く思うようになったのが今の事業の出発点です。
――営業を始めるにあたって何から準備しましたか?
起業したのが2020年で、当時はコロナが広まり始めたタイミングでした。どうにもビジネスを始めるには難しい状況だったので、その動けない期間にあらためてワインを勉強しようとワインスクールに通いました。都内の南青山にスクールがあって、約1年間そこでワインの知識を学び、「WSET Level3」の資格を取得しました。
英語で「取引したい」と直接ワイナリーにメールを送信
――未経験で海外のワインを扱うのはハードルが高いようにも思うのですが?
ワイナリーとの付き合いもなければ、取引の始め方もわからない状態からのスタートだったので、まずはインターネットでプーリア州のワイナリーを調べ、気になるところに片っ端からメールで連絡していきました。面識もなければ業界経験もないので、無視されることも多かったのですが、幸いなことに反応してくれるところもいくつかありました。生産者の中には日本へ輸出したいという思いがある人もいて、返事が来た時はうれしかったですね。
――メールはイタリア語で送ったのですか?
私はイタリア語が話せないので、ひとまず英語で送りました。意外と英語は通じるみたいで、返信を英語でくれるところもありました。イタリア語で返ってくるところもあったのですが、今はどこの国の言葉でもメールであればすぐに翻訳ができます。なので、メールでやり取りする上で言語は特に問題になりませんでした。
――遠く島国の日本からメールを送って取引をしてもらえるものなのですね
今思えば不思議ですよね。でも、私がメールを送ったのは小規模のワイナリーのみだったというのが大きいと思います。これが大手のワイナリーだと通用しなかったはずです。ワイナリーが大きいと取引もそれなりのボリュームを期待されるだろうし。これが家族経営で成り立っているワイナリーだと、彼らもビジネスチャンスとして捉えてくれる。私がコンタクトを取ったワイナリーがまだ日本に輸出してないところだったので、反応してくれたのでしょう。
――倉庫や船などはどのように手配したのでしょうか?
これも知識ゼロから調べました。輸入業者に知り合いがいなかったので、手配もすべて自分一人でした。これがかなり時間も手間もかかって、今振り返るとあまり効率的な動き方ではなかったと思います。ワインは温度を一定に保たないと品質が悪化してしまうので、定温倉庫で管理する必要があります。ただ、個人事業主や小規模の企業を相手に取引してくれる倉庫はあまり多くない中、委託可能な事業者を見つけられたので、それはとてもラッキーでした。あとは、ワインを運ぶための船の手配や輸入通関業務は個人だと手間や時間が大幅にかかるので、そこはフォワーダーという貨物輸送手配全般を行う事業者にお願いしました。
高級レストランから来た「このワインが飲みたかった」
――海底熟成ワインとの出合いはどのようなものだったのでしょうか?
起業前に起業家育成プログラムに参加したことがあって、そこで優勝することができたのですが、優勝商品がバスク旅行でした。そのプログラムで知り合ったバスク人が、海底熟成ワインを造っているワイナリーの代表者を紹介してくれたんです。その頃、私はまだ海底熟成ワインについては懐疑的で、海に沈めるという行為は単なるマーケティングの一環だろうと感じていました。でも、実際にサンプルをもらって飲んでみると、すごくおいしかったんですね。味の深みが私の想像をはるかに超えていて、これなら絶対に売れると思い、取り扱いを始めました。
――ECサイトでの集客はどのように行いましたか?
インターネット販売なのでインスタグラムやFacebookの広告で集客していました。最初はまったく反応がなくて、しばらくは苦しい状況が続きましたね。今も順調とは言えないですが、レストランへの卸しの取引が増えるにつれて、経営としては少しずつ安定してきています。卸しも最初は考えていなかったのですが、ECサイトを開始後、早いタイミングで「このワイナリーのワインが飲みたかったんです」と、連絡をくれるレストランがあったりして、割と早い段階でスタートしていました。
――扱うワインのエリアを限定したことは強みになっていますか?
基本的に当店で扱っているものは他のオンラインショップにはないので、そういった意味では差別化につながっていると思います。幅広く各国のワインを取り扱うことも考えたのですが、そうなると他の大きなショップと競うことになり、後発組としてはどうしても不利な状況に陥ってしまいます。それならイタリアのプーリア州というエリア限定で、他では味わえない、出回っていない高品質なワインに絞って販売していくほうが有利に戦えるかなと考えました。
情熱があれば経験ゼロ、知識ゼロでも何とかなる
――仕事する上で大切にしていることはありますか?
ワインの生産者の思いは丁寧にお伝えしていこうと思っています。彼らがどういう哲学でワインを作っているのか、それを知っているのと知らないのとでは、おいしさにも違いが出てくるんです。ワイナリーの考えや苦労、歴史的背景を私が伝えなければ、自分がインポーターをしている意味がないと思っているので、生産者のところに行って直に話を聞き、そこで得た情報を発信し続けることは心がけています。
――経営面で大変なことはなんですか?
費用面です。元々業界経験も知識もなく、本当にゼロから始めたので、いろいろな失敗をしながら学んでいく上で、時間も手間もかかったことが大変でした。最初は自分の資金だけで始めようと考えていたのですが、予想以上に仕入れのコストがかかったので、金融機関などから借り入れをしました。資金繰りもなかなか難しくて、特に今はユーロが高くて円安でもあります。そうした国際情勢の影響をもろに受けるので、経営に与えるダメージは大きいですね。
――独立・開業を目指す読者にアドバイスをください
さまざまな苦労があって大変な思いをしながら続けていますが、後悔はまったくしてなくて、むしろ自由に好きな働き方や生き方ができてありがたいと日々思っています。だからこそ、この生活を続けるために、ビジネスとしてうまく成り立たせていく努力を継続しています。もし開業したい、起業したいと思うのであれば、直感に従って動き、情熱を絶やさず努力を続けてほしいと思います。とはいえ、あまり無理をして大きな失敗をし、ゲームオーバーにならないように、小さな失敗をしながら改善を続け、工夫しながらビジネスを進めていってほしいですね。
――最後に、まったくの未経験の業界へ飛び込む方へエールをお願いします
経験ゼロ、知識ゼロでも何とかなると思います。いわゆるキャリアチェンジで、未経験の業態でビジネスを始める人はおそらく少ないでしょう。それは無謀で、非効率だからだとは思うのですが、私はそれほど気にしなくてもいいと思っています。もっとそういう人が増えたほうが各業界に刺激を与えておもしろいし、別の業態でもそれまで培ったことが後々生きてくることは絶対あると思います。経験のあるなしだけで、やりたいことがあるのに尻込みするのはもったいない。ぜひチャレンジしてみてください。楽しいですよ。