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先輩開業インタビュー

Amazon元社員が退職後、たった半年で開業したカセットテープ屋waltzはなぜ世界で人気なのか

CDの売り上げが低迷し、「音楽パッケージビジネス」の不況が叫ばれる昨今、通好みの音楽ファンから熱い注目を集め、数々のメディアから取材が殺到している珍しいショップがあります。それが2015年8月、東京・中目黒の住宅地にオープンした、カセットテープの専門店「waltz(ワルツ)」です。オーナーの角田太郎さんは、CD・レコードショップのバイヤーなどを経て、世界最大のECサイト「Amazon.com」日本法人立ち上げ時に入社。約14年間、アマゾンジャパン(以下、Amazon)のトップビジネスマンとして数々の新規事業を成功に導いてきた人物です。そんな角田さんが、なぜ時代に逆行するアナログなカセットテープ専門店を開業したのか? そこには、「趣味を仕事に」という夢の実現に収まらない、将来性の高い新ビジネスへのビジョンと店舗マネジメント術がありました。

外資系企業は刺激的でやりがいもある。だけど14年経って、自分の目指す道がわからなくなった

――2015年8月に「ワルツ」を開店する以前はサラリーマンだったそうですが、これまでの職歴や経験を教えてもらえますか。

角田:大学を卒業して、最初に勤めたのは「WAVE」というCDショップです。WAVEは先見性にあふれたマニアックな品ぞろえで有名な大型チェーン店。僕自身も、学生時代からずっと通っていた店でした。1992年に入社して、渋谷店でロック、ポップス、テクノ、ダンスミュージックなどのバイヤーを4年間担当し、そこからTVゲーム販売チェーンで有名だった明響社が音楽販売事業に進出するタイミングで転職。そこで4年間、営業などの実務を通じて、ビジネススキルを身につけました。そして2001年、32歳のときにAmazonへ入社したんです。

――2001年というと、Amazonが本国アメリカから日本に上陸してすぐのことですね。

角田:日本でも音楽CDの販売を始めるタイミングで採用があり、運良く日本法人2期生として合格しまして。入社後は音楽・映像販売事業のほか、書籍事業本部や新規に立ち上げたヘルス&ビューティー事業部長などもやらせてもらいました。とくに黎明期だった2000年代に企業からの信頼を得るため、営業やプレゼンテーションをたくさんしたことで、ビジネスを軌道に乗せる方法や外資系企業のマネジメントなどを学ぶことができましたね。そして2015年3月に退職してワルツを始めました。

――世界的企業のAmazonでキャリアを積まれ、重要な役職にいらした角田さんが、なぜ安定した環境を捨てて、独立開業を目指したのでしょうか?

角田:Amazonでの仕事は、新しいチャレンジに満ちた、非常に刺激的でやりがいのあるものでした。ただ、外資系の大企業は人材の入れ替わりが激しい。若い会社だけに、社員が定年まで勤め上げたという前例もないので、自分がそこまで働くことが考えにくかった。さらに役職が上がると現場ではなくマネジメント業務が主になり、ルーティンワークが増える。働いている手応えが得にくくなり、自分が目指していたのはこれなのか? と疑問を持つようになりました。

Amazonにできないことがしたい。カセットテープはほかにないビジネスだと確信した

――会社勤めのサラリーマンなら、一度はその壁にぶつかる人も多いはず。

角田:一度きりの人生なら、もっとチャレンジをしたい。そこで、働きながら、好きな音楽の知識や経験をいかした新ビジネスの構想を1年間考え、出た答えが「カセットテープ専門店」だったんです。

――音楽配信が盛んになり、デジタルであふれている今の時代になぜ、カセットテープだったのですか?

角田:大きな理由は、若い頃から音楽が好きで、そのなかでもカセットテープは一番身近なメディアで愛着も深かったこと。CDやレコードと合わせてカセットテープの音源もずっとコレクションしていたので、気がついたら自宅に1万本以上はありましたね。そしてカセットの魅力を、音楽好きの方にもっと知ってもらいたかった。

――カセットテープ普及運動でもあるんですね。

角田:そうですね(笑)。同じアナログな音楽メディアといえばレコードですが、すでにショップがいくつもある。コレクター向けのビジネスをするなら、「第一人者」でなくてはいけないと思うんです。僕は昔から世界中のコレクターと交流しながらカセットを集めているのですが、カセット音源はそれ自体が希少価値のあるもの。そんな中古品の価値は、今後も上がりこそすれ、下がることはない。十分、ビジネスになるはず。世界中を探してもカセットテープの専門店はまだ見当たらないし、じゃあ僕が最初にやらなくちゃと思いました。

――でも、Amazon時代の経験をいかし、世界に向けたECビジネスをやることもできましたよね。なぜ実店舗を選んだのですか?

角田:まず「Amazonではできないことをやりたかった」のと、実店舗で手触りのある音楽商品を売りたかったから。今や世界中のものがほぼ何でもそろうAmazonでも、ヴィンテージなカセットテープはさすがに売っていないですしね(笑)。

世界で唯一のお店なら、駅から遠くても足を運んでくれるはず。マニア心を刺激するツボは抑えている

――店舗をユニークでおしゃれなお店がそろう中目黒に構えたことで、より興味が湧きました。現在の場所を選んだ理由は?

角田:僕の家が近所にあり、昔から中目黒が好きだからですね。自分の店を出すなら地元の中目黒か西荻窪あたりがいいなと考えていました。ここは昔、町工場で、最近は倉庫物件だったもの。以前から前を通るたびに、「ガラス窓が広く、開放的で広さもあるいい構えだな」と思っていた場所でした。そして、Amazonを辞めると決めてネットで物件を探し出したら、ちょうどここが掲載されていて。「これは!」と思ってすぐ連絡を取りました。店舗物件ではなかったので家賃は相場の3分の1ほど。ラッキーでしたね。

――大きなガラスから店内の様子もわかるし、内装もシンプルで開放的ですよね。

角田:音楽のマニア向け商品を扱うお店は、たいてい男っぽい内装が多いので、そのイメージも壊したかった。開業するなら女性が一人でも入れるような店でなければ、流行らないですしね。そこで、工場、倉庫ならではのファクトリー感をおしゃれに演出する白とウッドの内装、棚作りを、友人の内装業者と相談して考えていきました。

――とはいえ、実店舗を構えるなら、できるだけ地の利があり、客足が見込める場所を選ぶのがセオリーだと思います。ところがワルツは駅前でもなく、中目黒駅から徒歩10分以上かかる住宅街のなか。ビジネスとしては、不利だと思いませんでしたか?

角田:いえ、それは逆ですね。僕もそうなのでわかるんですけど、世界唯一のカセットテープ専門店という商品力の強さがあれば、多少頑張ってでも行きたくなるのがマニア心。わかりづらい場所を探し当てるのも、宝探し感覚で楽しめますし、自分だけがここを知っているという優越感にも浸れる。そこは、Amazonとは逆の発想です。何でもすぐに家に届けてくれる便利さはあるけど、宅配で能動的なワクワクは得られませんからね(笑)。

SNSも通販もやらない。それでも音楽好きのネットワークは世界中に広がっている

――しかも、現代の顧客獲得のためには必須と言われているSNSのアカウントもなく、マニアックなビジネスには欠かせない通販も一切行っていない。これも勇気のある決断だと思います。

角田:はい。最低限、店内の写真と地図を載せたウェブサイトは作りましたが、商品紹介もしていません。直接、店に来ないと何を売っているかわからないという不便さが、逆に足を運びたいと思ってもらえるのかなと。それでいえば、自分で言うのもなんですが、「あのAmazonを辞めて、変わった店を始めた」という僕のエピソードも、ワルツに興味を惹かれるストーリーの一つですよね(笑)。

――たしかにそうですね(笑)。まさか、ご自身のエピソードもブランディングの一つになっていたとは……。

角田:各メディアや口コミでお店の情報が伝わって、おかげさまで開店時から今もメディアの取材がひっきりなしで。その記事を見た方が、ワルツに来てくださるという相乗効果が得られています。

――自分から発信するのではなく、コンセプトやブランディングさえできていれば、口コミで広めてもらうことができる、と。そこまで計算されていたんですか!?

角田:そうですね(笑)。「世界でも珍しいカセットテープ屋」というのはメディアだけでなく、お客様の興味関心も得られた。それに僕は、カセットを単なる音楽商材ではなくアートとして捉えています。手の平サイズのガジェットとしても魅力があり、さらにジャケットワークも個性的。店に並べているだけで、バラエティーに富んだかわいらしさがある。

――陳列されたカセットは新鮮です。アナログなものが、新しいアートとして若い世代に受けているのもわかる気がします。

角田:お客様が興味を持ってくれたら、絶対SNSにアップしたくなるんですよ。それがまた口コミとなって、ワルツの名前を広めてくれています。最近では海外のお客様のSNSや雑誌記事を通じて、カセットテープ音源を出している世界中のミュージシャンにも伝わっているみたいです。

――口コミは海外にも渡っていたのですね。しかもコレクターだけではなく、現役のミュージシャンたちにも!

角田:「東京のワルツなら、俺たちのカセットを店で売ってくれるんだ!」という評判が立ったおかげで、世界中のレーベルから新譜のカセットが送られてきます。そこから僕が気に入ったものを、依託ではなくミュージシャンからちゃんと買い取って、手作りポップに紹介文を書いて店に並べています。その様子を撮影して送ると、みなさんとても喜んでくれるんです。デジタル配信ではなく、そういう人の温もりが通ったものをビジネスにすることで、カセットテープの音楽をもっと聴いてもらいたい。カセットはアナログレコードと違って、制作費も安くすむので、衰退する音楽業界の活性化にもつながると思うんです。

「何をやれば必ず当たるか」を考えるのは難しいけど、「何をやったら上手くいかないか」はたくさん学んだ

――角田さん自身が熱烈な音楽ファンだからこそ、世界中にカセットの魅力が届いたのかもしれませんね。

角田:それならうれしいですね。カセットをもっと聴いてもらうために、うちではヴィンテージのカセット再生ハードも売っていますし、自分で音楽を録音して楽しめる生のカセットテープも扱っている。今後はカセットを扱っているメーカーやレーベルとも協力しながら、世界に向けて「カセットテープカルチャー」のムーブメントを作りたいですね。

――ちなみに、売れ筋はどういったカセットですか?

角田:国内外の新譜もよく売れるようになりましたが、やはり洋楽のヴィンテージが売れますね。自分がCDで持っている名盤を、あえてカセットで聴きたいと買われる方が多い。デジタルな音と違う、アナログだからこその良さが新鮮ですよね。今は、ヴィンテージカセットも洋楽しか店頭に出していませんが、国内ものも在庫はあります。国産こそ、日本でしか手に入らないのでかなり貴重。タイミングを見て、店頭に並べていきたいなと。

――ワルツの今後がとても楽しみです。

角田:今年の夏は、新宿伊勢丹のレディースフロアで、僕が選んだヴィンテージの音楽カセットと伊勢丹で売っている商品をセットにしてギフトにするというキュレーション的なイベントにも声をかけていただきました。幅広い世代にカセットが見直されている気運を非常に感じています。物を売るビジネスで、「何をやれば必ず当たるか」を考えるのはとても難しい。でも、Amazonでの長年に渡る事業マネジメントを通じて、「何をやったら上手くいかないか」はたくさん学んできました。たとえば、いろいろなことに手を出せば目先の利益はすぐに得られるかもしれません。でも長期的なビジネスを目指すなら、自分の意思がブレることをしてはいけない。サラリーマン時代の経験をいかして、これからもワルツを続けていきたいですね。

waltz

東京都目黒区中目黒4-15-5
03-5734-1017
13:00〜20:00
月曜休
http://waltz-store.co.jp/
※取材時点の情報です

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