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先輩開業インタビュー

震災を機に地域を見つめ直した。都心の出版社の元編集長が選んだ、一人出版社創設の道

北千住の古民家の一角にある小さな出版社「センジュ出版」。都心のきらびやかなビルのなかにあるものとは対照的なオフィスですが、ここからはベストセラーが次々と生まれています。
センジュ出版を立ち上げた吉満明子さんは、中堅出版社の元編集長。売上トップを誇った社員編集者でした。そんな吉満さんがたった一人で出版社を立ち上げたのは東日本大震災と出産がきっかけだそうです。
一体なぜ吉満さんが独立にいたったのか、また独立にいたったことでどのような変化が起きたのか。これからの働き方と生き方のヒントになるお話をうかがいました。

編集者としての成長を目指して4度の転職。怖いもの知らずで野心家だった

センジュ出版を立ち上げた吉満明子さんの画像 ――独立までのキャリアについて教えてください。

吉満:大学のときは小説を学んでいました。創作がメインで三島由紀夫の作品研究などもしていましたね。新卒で介護福祉系の雑誌を作る会社にアルバイトとして入社。特別養護老人ホームなどの取材をしていました。最初の仕事先にそこを選んだのは、身体が不自由な方の介助ボランティアや刑務所から出てきた方と交流するボランティアをした経験が学生時代にあり、福祉に興味があったからです。働きはじめて1年経ったころ、DTPの作業を担うのであれば社員に登用してもらえるという話が持ち上がりました。けれど当時は私も若かった。せっかくのお声がけを、あくまでも編集者として働きたいと、断ったのです。

――編集者として働くことに強いこだわりがあったのですね。

吉満:はい。なので新聞を見て求人を探しました。住宅系の出版物を作っている会社に応募しましたが、そこの応募条件は経験者であること。たった1年のキャリアを携え強気でドアをノックしましたが、もちろん断られました。しかし、編集をやりたいという強い思いは汲んでくれ、別の出版社を紹介していただきました。美術写真集を出している会社で、書籍作りに強いこだわりを持つ社長のもと、かなり緊張感のある職場でしたが、とても楽しかった。結局そこではDTPもやることになりました……。このときにそうそうたる写真家の方々にお会いすることができました。

その後はタブロイド紙の編集をしながら写真を学び、さらに編集プロダクションに就職。書籍や雑誌の編集から広告、ウェブの記事制作など8年近い間に幅広い事業に携わり、仕事の仕方だけでなく、生き方や人との接し方などひとしきりここで教えていただきました。

――編集の仕事をしたいという思いはいつごろからあったのですか?

吉満:本が好きで、高校生のときに将来は活字に携わりたいと思うようになり、大学は文芸学科に進学しました。さらに大学生のときに仕事について考えるうちに、自分は編集者になりたいという思いを強めていったんです。大学在学中にゼミのプロジェクトで雑誌の企画書を作ったのですが、そのときのテーマが「地方はダサいはもうダサい」でした。今思えば、未来の自分の働き方を示唆しているような企画でした。

――それからさらに中堅の出版社に転職されていますね。

吉満:そうですね。独立前に最後の会社に入ったのが33歳のころ。数カ月のフリー編集者の時期を挟んで、縁があって誘ってもらいました。その頃はまだまだエネルギーがありあまっていて、自分の仕事力をもっと鍛えたいと思っていたんです。そこでの私は野心家でしたね。社内の常識にも一つひとつ疑問を投げかけ、バリバリ働いて、売れる本を作って、売上を上げて。退社時間は朝の5時。一時期は、土日もお正月もお盆も休んだ記憶がありません。

東日本大震災を経て「もっと地域の輪に入りたい」と願うように

――八面六臂の活躍をされていたところからなぜ独立にいたったのでしょう?

吉満:きっかけは東日本大震災です。地震のあと自宅のある北千住まで徒歩でなんとか辿りついたとき、自分は地域の中の労いの輪の中に入れない感じがしました。有事のとき、頼りになるのは地域のご近所さん。それぞれが助け合っている。でも自分はその外側にいた。これではいけないと思いました。それから、仕事をしていても何度か手が止まるようになりました。「自分は何を作っているのだろう。何を目指していたんだろう」と。「地方はダサいはもうダサい」と言っていた自分はどこにいってしまったのか。それまでやってきたことは決して自分を偽るようなことではなかったけれど、数字を追うのではなく、もっと何か小さくても大切なことに、真剣に向き合いたいと思ったんです。

――それで自分が世に出したいと思うものを作れるように出版社を立ち上げたということでしょうか。

吉満:東日本大震災の翌年には出産も経験し、息子が生まれたことで「この子によりよい未来を残すために何ができるのだろう」と考えたことも契機になりました。自分が死んだあとのことなんて、子どもをもつまでの私は一切考えなかった。でも、子どもの存在によって、未来に思いを馳せる機会が増えました。お金の使い方を含めた価値観が、ガラリと変わり、ずっと残したい本づくり、ずっと残したいサービスを考えるようになりました。また、子育てをするうちに職住を接近させたくなったことも大きいですね。

   育児休業中に手伝わせてもらった地元のタウン誌の画像 ――地元で出版社を開こうとした理由ですね。

吉満:育児休業中に少しタウン誌の編集を手伝わせてもらったことで地元の人たちと知り合い、街の魅力や背景を知ったことも影響しています。ご近所さんとの交流が深まるうちに、やっぱりこの街のなかで仕事をしたいなと思うようになりました。

――地元で開業したことで良かったことはありますか?

吉満:まちに流れていた時間を感じる場所を事務所にしたいと思い、地元で築40年以上の古い木造アパートをリノベーションしました。そうした場所に出版社を開くという変わった取り組みを面白がってもらい、さまざまなメディアで取材を受けるようになりました。

まちを編集するという意味合いで、イベントを多数手がけさせていただいたおかげで、地元の方に「千住が変わった」と言ってもいただけるようになりました。なかでも、この街が楽しくなったと言われるのはうれしかったですね。地元で開業したことによって家族や地域の人々と過ごす時間がもてるようになったことは大きなメリットだといえます。ただ、職住接近で仕事をするということはデメリットもあるんですよ。通勤は自転車で5分。1日1000歩も歩かなくなってしまったので、すっかり運動不足になってしまいました。

4冊目までは自転車操業。カフェの売上で食いつないだことも

カフェと事務所が並列しているのセンジュ出版社の写真 ――個人事業主として編集職に携わる人は少なくありませんが、なぜ株式会社を立ち上げたのですか?

吉満:取引先から、与信を入れなくてはならないからと法人登記を勧められ、深く考えずに司法書士の先生にお願いして設立しました。資本金は少なくたったの100万円です。木造アパート2階の2部屋をを改装してカフェと事務所にし、本を作りながら事務所の一角でお客様にコーヒーを淹れていました。

――その後、資金が必要になったことはないのですか?

吉満:序盤は本を作るために1冊あたり200万円ほど信用金庫さんから融資してもらっていました。キャッシュが回りはじめたのは4冊目からです。3度目の融資ではそれまでの実績と今後の事業計画を評価いただいたのか、1000万を貸し受けることができました。この売上規模の会社ではなかなかない額だと思います。期待を感じ、信用していただいたことに応えなければと思いました。

出版事業は、本を出してから何カ月にもわたって売上が立つ仕組みなのですが、著者やデザイナーさん、校閲さんなどへの支払いは発行翌月発生します。なので内部留保がないころは借り入れをしないとどうしても運営が苦しくなってしまう。しかも書籍は企画が動き始めてから出版までのタイムラグが短くないので、初めの数年は本当に苦しかったですね。センジュ出版は、本を届ける場所としてカフェ事業も展開しているのですが、そこでの微々たる売上でようやく生計が立てられるという時期もありました。

センジュ出版社カフェ内にある本棚の写真 ――カフェ事業は起業しようと思ったときから計画されていたのですか?

吉満:はい。私はこの会社を立ち上げた時に、読者に本を届けるところまでが編集の仕事だと考えました。オフィスをただの作業スペースとして使うのではなく、カフェにして開放することで、本と出合える空間をつくる。まずはセンジュ出版の本でなくてもいい。とにかくたくさんの人に多くの本に触れてもらう機会をつくることで未来の読者と出会えればと思い、始めました。

単純にカフェ利用のお客様もいらっしゃいますが、そのほか、レンタルスペースやイベント会場、マイクロシアターなど、幅広く活用しています。

商売は原価の高いものと低いものがあってこそ成り立つ。出版社も原則は変わらない

原価について話す吉満明子さんの画像 ――カフェのほかにも、センジュ出版では文章講座など幅広い事業を手がけていらっしゃいますね。

吉満:出版は、売れるかどうかは、出してみないとわからないところもあります。返本もあるし、原価は高い。そこで税理士の先生のアドバイスを受けて、原価のかからない事業である文章講座を始めることにしたんです。原則として、原価の高いものと低いものを組み合わせないと、商売は成り立たないと、当たり前のことを教えられました。

文章講座「文章てらこや」は、はじめは体験版としてここのカフェで小規模にスタートしたのですが、取り組みを知ってくれた方が銀座のビルでもやってみてはどうかと声をかけてくれ、今ではそのビルでマンツーマンやオーダーメイドの講座も開いています。さらには企業のオフィスなどへの出張版も始まりました。きっかけは会社を継続させるための苦肉の策でしたが、今やライフワークとなるほど自分のこのサービスを楽しんでいます。

――税理士さんのアドバイスを受けて新しい事業を始めるなんて驚きです。

吉満:その方いわく「提案してもやらない経営者が少なくない」のだそうです。その点、私は必死なこともあって、言われたことを何でもやるようにしています。本業は出版ですが、講演や司会、審査員の仕事もご依頼いただいています。「あなたにやってもらいたい」と言われることなら、まずはなんでも挑戦。いまはやらせていただけること、求めていただけることを喜んで、というスタンスです。

――ファンクラブがあるそうですが、そちらのイベントでは何をされているのでしょう?

吉満:主に会員の方向けに「本と酒」というイベントを開催し、その名の通りお酒と一緒に本を楽しんでもらっています。北千住ではどんどん本屋さんがなくなってしまっていて、このままでは本が届かなくなってしまうと思いました。そこで著者の思いと一緒に本を届けられる場所を作ろうと考えたんです。

――「この点は会社勤めのときの方が良かった」と思うことはありますか?

吉満:やはり会社で働いていたときの方が編集の仕事には専念できました。経理や販売の仕事は全部他の社員がやってくれますからね。起業したてのころは「こんなこと、私には苦手で、できない!」と思いながら格闘していました。今はようやく、それぞれ得意なスタッフにお願いしています。とはいえ、全部自分の責任で物事を進めていくのは、私にあっているんだろうと思います。

――最後に、起業を志す方にメッセージをお願いします。

吉満:起業したことで、自分の身の丈を意識するようになりました。また、「うそをつかない」ことも。大きな会社ならまだしも、私のように、自分のひとことや、自分の行動ひとつが会社の顔そのものになるとき、ここにうそがあったら、この会社に未来はないだろうと、会社を起こしたときに覚悟を決めました。そういう意味では、いまの自分の身の丈、いまの自分の正直な気持ちを大切にしています。

もし、これを読まれる方が起業したいと思われているのなら、相談相手は、すでに起業している人がいいと思います。起業の現実を知っている人はさまざまな経験を積み重ねながら、その分強くなっている。「そういうこともある」「こうしたらいいよ」と前向きなアドバイスをくれるのは基本的に経験者です。先輩経営者にどんどん会って、話を伺えば、具体的な行動が見えてくるはずです。

また、「こういうことできないかな?」と誰かに打診されたら「私でよければ」とまずやってみる経験も役に立つと思います。失敗したとしても、そのことによって、自分にできることや自分が役に立つことがわかっていく、それが仕事に、売上につながっていくと思います。

株式会社センジュ出版

東京都足立区千住3-16 2F
03-6677-5649
併設カフェ営業時間
月〜土 9:30〜12:30/13:00~17:30
※不定休のため来店時は要問い合わせ

文章てらこや
毎月土・日開催
※スケジュール要確認

http://senju-pub.com/

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