インバウンド需要高まるゲストハウス。差別化の鍵は「地域密着型」経営にあり
訪日外国人観光客の増加で宿泊施設の不足が叫ばれるなか、旅行者からは、宿泊費が安く抑えられるゲストハウスに注目が集まっています。旅館業法における簡易宿所営業にあたるゲストハウスは、資格も必要なく、設備投資も少なく済むことから、個人でも始めることができる業態です。
株式会社宿場JAPANの代表取締役を務める渡邊崇志さんは、高級ホテルに勤めたのち、外国人向け小規模旅館での修行や、観光ガイドのボランティアを経て、2009年に東京・北品川に「ゲストハウス 品川宿(しながわしゅく)」を開業。
地域との融合を掲げたスタイルで事業を拡大し、現在は都内で3軒の宿泊施設を運営するほか、ゲストハウス開業支援や人材育成なども手がけています。個人事業でのスタートから、渡邊さんはどのようにしてゲストハウスを軌道に乗せていったのか。成功の秘訣をうかがいました。
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地元の人との密な情報交換があったからいまの物件を見つけることができた
――渡邊さんがゲストハウスを独立・開業した経緯を教えてください。
渡邊:ぼくは、もともと旅が大好きで、学生時代は、まとまったお金ができるとバックパックを背負っていろんな国に旅をしていました。そのなかで、料金の安いゲストハウスによく泊まっていたんです。
各国のゲストハウスは、地元の人との距離がとても近くて、その交流が楽しかったんですよね。そういう経験を重ねるなかで、日本には地元の人と深く交流できる、地域密着型のゲストハウスが少ないと思ったんです。
大学卒業後は、一般企業に就職して営業として働いていました。しかし、3年間働き続けるなかで、やはり宿泊業をやりたいという思いが強くなり、思い切って仕事を辞めたんです。
それから宿泊業に活かしたいと思い、語学を学ぶためにアメリカへ留学しました。そこで再びゲストハウスに泊まったのですが、売店やコンビニを併設しているホテルとは異なり、地域資源を活用し、地域に融合したサービスを提供する温かみのある光景に触れたことで、あらためてその良さを実感しました。
――開業までに、どこかで修行などはされたのですか?
渡邊:宿泊業について学ぶため、帰国後は六本木にある「ザ・リッツ・カールトン東京」で働いたり、休みの日は同志社大学大学院の社会起業プログラムに参加したりしていました。
2009年からは、谷中にある「澤の屋」という外国人旅行者に人気のゲストハウスで修行させてもらいました。そこでは、掃除などの実務や接客の仕方など、ゲストハウスを経営するうえでのヒントを学びましたね。
――なぜ北品川で開業されたのですか?
渡邊:もともとぼくの地元だったので、開業するなら北品川と決めていたんです。あとは、JRの主要路線が通っていて、羽田空港からのアクセスも良く、品川駅から徒歩10分ほどということも決め手でした。
また、北品川で地元の人とあらためて交流を深めるため、町会や商店街などの人たちが集まった「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」に参加し、観光案内のボランティアをしたり、地域行事に積極的に参加したりしていました。
同時に、商店街や役所に対して自分のやりたいことをアピールし、ゲストハウスに適当な空き物件がないかなどの情報交換も行っていました。
――物件はどうやって決めたのですか?
渡邊:ある日、保健所から、商店街にあったビジネス旅館が廃業するという情報をいただいたんです。なぜ保健所かというと、宿の開業・廃業の窓口は保健所になるんですね。ぼくが物件を探していることを地元の人から聞いたそうで、それならちょうどいい物件があると情報をくれたんです。
実際に物件を見てみると、場所や広さも申し分なかったので、すぐにそこの大家さんに「借ります」と言いに行きました。ただ、物件を借りるだけで450万円、改装費や運転資金を含めると、最低でも600~700万円はかかることがわかったんです。
それで、お金を集めるために、まずは親戚に相談して、約300万円を借りました。それから、品川区では区内で起業する人に対して、経営方法や金銭面のサポートをしてくれる「特定創業支援事業」というのを行なっていたので、それを利用することにしました。
――保証人はどうやって見つけたのですか?
渡邊:日頃からボランティアで交流があった商店街の会長が保証人になってくれました。会長には、「地域に人を呼んで、北品川を現代の宿場町として復活させたい」と自分の考えを伝えたり、外国人旅行者が訪れることのメリットデメリットを説明したりしたことで、納得してもらうことができました。
なんとか融資を受けることができて、物件を借りるお金も工面したのですが、それでも運転資金はほぼゼロの状態。このままだと翌月から家賃すら払えません。そんな状況で困っていることを「まちづくり協議会」の会合で話していたら、そのなかの一人に「俺が300万円くらい貸すから、やれ!」と。思わず、その場で大号泣しましたね。
個人でゲストハウスを開業するなら、「小規模事業者の納税義務の免除」を利用するべし
――まるでドラマのようですね。その後、2009年に「ゲストハウス 品川宿」を開業します。
渡邊:開業してから2年間は法人化せずに、ぼく一人だけで経営していました。じつは個人事業主の場合、「小規模事業者の納税義務の免除」という制度を利用すれば、開業から基準期間内で売上が1,000万以下の場合は、税金が免除されるんです。
売上が1,000万円を超えてしまうんじゃないかと心配する人もいると思うんですけど、ゲストハウスや田舎の小さい民宿みたいな、リーズナブルな宿泊費を売りの一つにしている宿は、なかなかそうもいかなくて。
たとえば1泊3,000円で定員15人とすると、1日の売上はせいぜい3万円くらい。それで1か月経営を続けても約90万円。自分の休みや閑散期も踏まえると、売上は年間1,000万円もいかないんです。
ぼくはこういう制度のことを全然知らなかったんですけど、開業するなら知っておいたほうがいいと地元の先輩方からアドバイスをもらったので、いろいろ調べて実践したという感じでした。
――開業当初、北品川に外国人旅行者は多かったのでしょうか?
渡邊:外国人旅行者はほぼゼロでした。だから、開業後に外国人旅行者が来たときは、地元の人は驚いていましたね。ただ、ぼくは開業前、街のお祭りの手伝いやボランティアをするなかで、地元の人にこれから外国人旅行者が増えるだろうということを地元に人に話していたので、そこで何か衝突してしまうということはありませんでした。
――開業当初の宣伝は、どうされたんですか?
渡邊:「澤の屋」で修行していたときの先輩から「最初は白黒でもいいから、自分でチラシを刷って、手で配りなさい」と言われていたので、チラシをつくって羽田空港や成田空港に行って旅行者に配っていました。
そのチラシをきっかけに泊まりに来てくれたお客さんとは、一日の業務が終わったあと、一緒に銭湯に行ったり、一緒にお酒を飲んだりと交流もしていましたね。
そうしているうちに、宿泊したお客さんも、最初は一泊の予定だったけど延泊してくれたり、友達を呼んでくれたりして。少しずつ集客を伸ばしていき、オープン翌々月には黒字になっていました。ほかのゲストハウスの話を聞くと、黒字化するにはだいたい3か月とか、郊外だと半年くらいかかるところもあるようです。
近隣のマップをつくって、お店と宿、双方にメリットが生まれるサイクルを生み出す
――ゲストハウスを開業する場合、役所への申請は必要ですか?
渡邊:はい。各都道府県の条例で定められている衛生基準をクリアしていることを確認したうえで保健所に申請を出せば、旅館業をして良いという許可がおります。
――開業にあたって取っておいたほうがいい資格はありますか?
渡邊:お客さんの荷物を運搬したり、駅に送迎したりする場合もあるので、自動車免許は持っておいたほうがいいですね。あとは、「ゲストハウス 品川宿」のように、施設に入れる人数が30人に満たない場合は必須ではありませんが、防火・防災管理者の資格は持っておいたほうがいいかもしれません。
――ほかに、ゲストハウスを運営するうえで実践すると良いことがありましたら教えてください。
渡邊:「ゲストハウス 品川宿」では、ゲストハウスから徒歩10分圏内にある宿泊者から美味しいと評判のお店や、英語メニューがあるお店を記したマップをつくっています。
そうやって近所のお店のためになることをしていけば、逆に、お店の人が旅行者にうちを勧めてくれることもあります。そういう、お互いにメリットが生まれるような仕組みづくりが重要だと思います。
――外国人のお客さんの比率はどのくらいなんですか?
渡邊:オープン当初は日本人8割、外国人2割で、2010年頃には外国人が7~8割だった時期もありましたけど、いまは半々くらいですね。
――外国人の方はどのような方法でゲストハウスを予約することが多いのでしょうか。
渡邊:つい数年前までは、公式ウェブサイトからの予約が90%以上だったんですけど、最近は「Agoda」や「Booking.com」などのオンラインホテル予約サイトに登録したので、そこから予約してくる人も増えています。
最初は、手数料を取られるのであまり登録したくなかったんですが、実際自分が旅行をするとき、そういうサイトが便利なんですよね。それに、いまはみんなスマートフォンを持って旅行する時代なので、お客さんにとっての便利さを優先すると、登録したほうが良いと思い直したんです。
――これまで、ゲストハウスを運営してきたなかで、外国人旅行者とのトラブルはありましたか?
渡邊:最初の頃は、10円単位で価格交渉をしてくる人がいたり、早朝にやって来て、いますぐチェックインしたいと言われたりしました。
ほかにも、間違えて夜中1時に来たお客さんがいて、部屋も満室で電車もなかったので、寝袋を渡して廊下で寝てもらったことがあって。「価格はあなたが決めていい」という話をしたら、そのお客さんは1,000円払って、「君たちのサービスは感動に値するものだ」と言って帰っていきましたね。
――臨機応変な対応ですね。
渡邊:ぼくは、決して英語は得意と言えるレベルではありませんが、だからと言ってコミュニケーションを避けることはありません。外国人観光客への接客は、ジョークと雑談を交えつつ、フランクに対応することが多いですね。そうすることで、相手が求めていることを引き出すことができるというか。
そうやって引き出した要望を叶えることで、宿のサービスもアップデートしていけるし、近隣のお店に外国人のお客さんのニーズを伝えてあげれば、そこで何か新しいサービスが生まれることもあります。
うちの場合は、外国人のお客さんから「北品川の文化を体験してみたい」という声があったので、ローカルツアーと称して、お祭りの際は外に出てお神輿を担いでもらったり、近隣住民を交えて流しそうめんをしたりなどのイベントを不定期で行なっています。
ファミリーで訪れる旅行者には一棟貸しタイプのゲストハウスが好評
――2014年以降は、コンセプトの違う「Bamba Hotel」や「Araiya」といった宿も近隣で運営されています。これはどういった経緯で?
渡邊:ゲストハウスは宿泊費が安いので、稼ごうと思うならたくさんの人を泊めるしかありません。でも、それでは規模的に限界があるし、ゲストハウスならではの密接なコミュニケーションができなくなる。ただの安いホテルになってしまいますよね。
そこで宿泊料を上げて、より質の良いサービスを提供すればいいと考えました。それで、「Bamba Hotel」や「Araiya」をつくることにしたんです。
ここでは、一棟貸しのコンシェルジュつきサービスをやっています。1泊7~8万円する代わりに、空港に送迎したり、夜景のきれいなところに連れて行ったり、ぼくが個人的にオススメの店へ連れて行って、ときにはご飯も一緒に食べたり(笑)。内装も、海外からヴィンテージ品を輸入するなどして、高級感が出るようにこだわっています。
こういった、高級感があり、かつ個性的な宿は、いま徐々にホテル業界で注目を集めているんですよ。また、ファミリーで東京へ旅行に来る際、ホテルを何部屋か取らなければいけなくて不便だという声も外国人旅行者から聞いていたので、こういった形態の宿は成功する自信がありました。
最初の1年は価格が高いこともあり、なかなか軌道に乗りませんでしたが、何回かメディアに取り上げてもらったことで知名度が上がり、いまではファミリー以外にも、女子会や、会合などで利用していただくことも増えましたね。
――この先のゲストハウス業界は、どう変わっていくと考えていますか?
渡邊:業界的には効率化や人材不足の面から、無人化していく流れがあると思います。一方で、「ここだから来たい」と思ってもらえるような、突出した個性を持ったゲストハウスも増えていくと思っていて。
そのなかの一つとして、地域の文化や食など、宿だけじゃなく街全体をコンテンツとして楽しめる「ゲストハウス 品川宿」のような宿も、もっと広まっていくんじゃないかなと思います。
ゲストハウス経営を続けるコツは、小さな「感動」を常に意識すること
――これからゲストハウスの開業を考えている人にアドバイスをお願いします。
渡邊:そうですね、アドバイスするとしたら、ゲストハウスを開業する前に、地域のコミュニティーに入っておいたほうが良いということでしょうか。
開業したはいいけど、地域のコミュニティーが協力的じゃないと、なかなか口コミが広がらない。排他的な状況に耐えられなくなって、最終的に廃業を選ぶ人もいるんですね。
また、継続的にコミュニティーに貢献し続けることも大切です。たとえば「ゲストハウス 品川宿」では、地元アーティストのライブや展覧会をしたり、食べ物を提供したりして、地域の人と交流を深めています。
――ほかに、何か気をつけるべきことはありますか?
渡邊:ゲストハウスを経営するとなると、接客や掃除などで、一日中宿のなかにいる日も多くなります。そういう日々を続けていくと、仕事がルーチンになってしまい、ゲストハウスの経営に飽きてしまう場合もあるんです。
もしそういう状態に陥ってしまったときは、お客さんからお土産をもらったり、感謝の言葉をもらったりしたことを、記録につけると良いと思います。
あと、できれば、そういった小さな「感動」の記録は、スタッフと共有すると一番いいですよね。みんなでモチベーションを上げることができるし、自分がやっていることに意味を見出すこともできるので、「もう少し続けてみよう」と思えるかもしれません。