狭山茶で地域を元気にしたい!元トヨタ自動車社員が立ち上げた“お茶の体験教室”
日本三大銘茶として知られる埼玉県・狭山茶。「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と、古くからうたわれるように、狭山茶は「静岡茶」「宇治茶」と並ぶ味わい豊かな日本茶です。この銘茶を観光資源として地域を盛り上げようと、地元茶農家と協力してビジネスを展開するのがDPS株式会社代表の丸澤武さんです。長年、トヨタ自動車株式会社で海外部門の営業企画や商品企画などを担当した丸澤さんは、54歳で起業。妻の実家のある埼玉県所沢市でお茶の体験教室「さやまちゃ塾」および、お茶の通販サイト「SaiSai」を運営しています。今回は、まったくの異業種から日本茶の世界に飛び込んだきっかけや、会社の運営についてお話を伺いました。
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観光地としてスルーされているからこそ、チャンスがある
――まずは事業内容について教えてください
メインはお茶についての事業になります。会社を埼玉県所沢市にかまえ、周辺地域で栽培されている「狭山茶」という日本三代銘茶の小売や、お茶の体験教室「さやまちゃ塾」を運営しています。「さやまちゃ塾」に関しては、茶農家さんに協力してもらい、私がプログラムを組んで、簡単なお茶摘みや工場見学、試飲などができるようになっています。開催日を決め、当社のサイトにて参加者を募るという流れで開催しています。
――所沢市で起業をした理由はなんですか?
私は生まれが兵庫県神戸市なのですが、妻の実家が所沢市にあります。今は妻と所沢市に住んでおり、妻の両親の住まいも近いことが、この街を起業場所に決めた一番の理由ですね。また、所沢市は都内からのアクセスがよいため、ビジネスによっては有利になる立地だと考えています。
――狭山茶に注目したのはなぜでしょうか?
実は以前、トヨタ自動車に勤めていて、主に海外営業部門に在籍していました。製造業というハードウェアの分野で仕事をしてく中で、どうせ起業するなら真逆の仕事をしてみたいと考えるようになりました。とはいえ、海外勤務を通算8年ほど経験し、外国人のネットワークがあったので、そうした人脈は活用しないともったいない。それなら、外国人向けの観光に関する仕事もありだと思いました。外国人が日本へ観光に来る際、埼玉県はほとんど選択肢に入ることがありませんが、私はそれがおもしろいと感じたんです。つまり、スルーされているということは、逆に言うと、ものすごい伸びしろがあると。だから、ここで地域資源を活用した仕事をすればチャンスになると思いつきました。
――逆転の発想ですね
そうですね。とはいえ、これまで観光事業に関わったこともなく、頼れる人もいない。そこで、会社の上司に相談したところ、観光庁の方を紹介していただくことができました。その方に、埼玉県で地域振興に繋がる仕事を始めたいと相談したら、所沢市の隣りにある川越市でNPO法人を運営している団体に繋いでくれて、そこにいたのが狭山茶の関係者でした。話を聞くと、お茶の消費量が減っていることや、名産品ではあるけど埼玉県に狭山茶を飲みに来てくれる人なんてほとんどいないということで、頭を悩ませていたのです。その時に狭山茶をいただいたのですが、これがまたおいしくて驚きました。これは観光資源になると直感し、それがきっかけとなって、今の事業を思いついたというわけです。
「価格設定の原則」は、トヨタ自動車で得た財産の一つ
――最初はどのような準備をされたのでしょうか?
今の事業を思いついてから、まず参考にしたのが、ヨーロッパのワイナリーツアーです。前の仕事の関係でヨーロッパに渡った際、ついでに、シャンパンを作っている有名どころのワイナリーを何軒か訪問して、一般の参加者としてツアーに参加してみました。一体どんなことをやっているのだろうと思ったら、よくできた内容になっているんです。もちろんワイナリーによってツアーへの力の入れ方は違うのですが、興味の持たせ方や、満足感の高め方という点に関しては、どのワイナリーも凝っていました。
――どのような点が凝っていたのですか?
集合場所になっているウェイティングフロアのデザインが素敵で、歴史を感じさせる展示物が配置されていました。そこで施設の関係者によるワイナリーの成り立ちやシャンパンの説明が始まり、それから貯蔵されている樽の見学に移ります。地下にある貯蔵庫をゆっくりと回り、シャンパンの物語をたっぷりと耳にした後、試飲をさせてくれるのです。知識を得た後ですから、当然、おいしさ倍増です。それで料金が日本円にして6000円ほどだったのですが、気分的にまったく高いとは感じない。なるほど、これはお茶の体験教室でも真似できるところがたくさんあるなと思いました。
――価格設定についても参考になったのですね
価格設定については持論があって、これはトヨタ自動車で得た財産の一つになっています。実は、価格というのは、市場価格からは決まりません。基本は、商品やサービスの付加価値次第で決まります。これは、決して難しい話ではありません。例えば、黒のボールペンがあって、これを自分ならいくらで買うかと考えるとします。それが1000円すると言われたら、まず買わない。では、200円と言われたら、今必要であれば、まあいいかなと。価格の正体は、たったのこれだけなんです。
――つまり、消費者の気分で決まるということでしょうか?
その通りです。小売価格がもし200円だったら、卸値はその半値または3分の1。それが価格設定の基本であり、究極の姿だと思っています。当社の体験教室の価格設定も同じで、実際に茶摘み体験をしてもらい、1000円なら喜んで払うけど、2000円あたりから渋るようになる。つまり、そこら辺の価格帯が妥当だということです。あとは、工場見学や試飲をプラスするごとに、500円、1000円と価格を上乗せしていくだけで、体験教室の参加料が決まっていく。これが私の考え方になります。
デザインや商品名に統一性を持たせ、ブランディングを高める
――サービスを始めるにあたってリサーチなどは行いましたか?
お茶の体験教室を始める前に、日本に住んでいる外国人の友人向けに、川越市と所沢市を中心にした観光ツアーを企画しました。2日間で川越のお祭りや商業施設、狭山湖や茶畑などを巡り、どのスポットや体験が印象深かったかアンケートを取ってみたところ、茶畑が圧倒的に人気だったんです。それで、「これはいける!」と確信を持ちました。
――集客はどのようの行っているのでしょうか?
ほとんどは口コミです。昔からの友人や会社関係の知人、またヨーロッパやアジアにいる外国人の友人、知人に電話やメールでお誘いするところからスタートしました。そこから徐々に口コミやSNSで広がり、一般の方の申し込みが増えてきたところでコロナ禍になってしまい、客足はずいぶんと止まりました。でも、またインバウンド需要が拡大してきているので、ここからリスタートするようなイメージで運営しています。
――狭山茶の販売についてはいかがでしょうか?
茶農家さんが販売しているものを、パッケージをリデザインしてマルシェや通販サイト「SaiSai」で販売しています。わかりやすく言うと、製造元の茶農家さんに頼んで、自作のお茶をこちらで作ったパッケージに入れてもらい、封までしてもらって納品してもらうんです。これは狭山茶により魅力を感じてほしくて、デザインや商品名に統一性を持たせることによるブランディング目的です。パッケージやネーミングは、昔から付き合いのあるデザイナーに協力してもらい作成しました。
――通販の売れ行きはいかがでしょうか?
正直に言うと、通販は「あればいい」くらいのものだと考えています。ブランド力がない食品の企業が、通販で勝負をかけてもほとんど売れません。しかも、商品はお茶です。デパ地下に行ってもお茶屋さんのコーナーにはお客様はほとんど来ていません。では、みなさんがどこに立ち寄るかというと、有名なケーキ屋さんやお菓子屋さんです。紅茶のお店でようやくちらほらいるくらいで、それが今の現実です。領域としてそれほど人気がないのです。
――では、なぜ通販を続けているのでしょうか?
ある意味、止まり木と捉えています。体験教室の試飲で気に入ってくれた方や、マルシェなどのイベントで買ってくれた方が、また買いたいという時のために通販サイトを運営しているのです。お客様に「通販でお買い上げいただくこともできます」という、その紹介のためだけに用意している。それくらい、割り切って運営しています。
飲食店のメニューに「狭山茶」というチョイスがあってもいいはず
――今後の展開を教えてください
今、力を入れているのが、一般のエンドユーザーではなく、カフェとかレストランなどに狭山茶をメニューの一つとして置いてもらえるよう、営業活動を行っています。とはいっても、日本人は基本的に「お茶は無料で提供してもらえるもの」という考え方が根付いています。回転寿司では自分で粉末を入れお湯を注げば飲めますし、居酒屋でもお会計前に「お茶」と言ったら出てくるところは少なくありません。特に和食店ではお茶のプライオリティが低く、コストをなるべく下げようとするため、相手にしてくれません。
――では、どのようなお店を対象にしているのでしょうか?
そこで、目をつけたのが洋食店です。イタリアンやフレンチ、無国籍料理になってくると、ランチの時間帯などでアルコールの代わりに出すものを探していて、ブランド茶として「いいアイデアだね」と言ってくれるところが意外とあるんです。実際に、都内のレストランでお客様を集めて狭山茶の試飲会を催してくれたお店もありました。お客様からの反応も上々で、今秋にも第2回目を開催する予定です。
――洋食とのマリアージュはおもしろそうですね
私が何をしたいかというと、喫茶店に入った時に、コーヒーの中でもブルーマウンテンやキリマンジャロ、コロンビア、グァテマラなど、産地別に種類がたくさん置いてありますよね。また、紅茶もいろんな種類が置いてあるのに、なぜか日本茶はない。でも、メニューとして「狭山茶」というチョイスがあっても絶対にいいはずです。飲食店にコーヒーもある、紅茶もある、そして日本茶もある。飲食店ではそれが当たり前という価値観に早くしていきたいと思っています。
自分はなぜそれをするのか、その答えを確認してほしい
――独立・開業を目指す読者にアドバイスをお願いします
なぜ自分は会社を辞めるのか。なぜ新しいことをやりたいと思うのか。その「なぜ」を問うこと。それが起業前に必要だと思っています。そこに明確な答えがなかったら、もう一度よく考えたほうがいいかもしれません。私は経験上、その自問自答をした先に答えがない限りは、何をやってもうまくいかないのではと思っています。
――丸澤さんの「なぜ」に対する答えはどのようなものですか?
私の場合、今の日本は「観光」による活性化が必要だと思ったから今の事業を立ち上げました。せっかく日本にはいろんな観光資源があって、埼玉にもあるのに、それがうまく活かされていません。これはとても残念な話です。地域の人たちには、たくさんの人を呼んで、盛り上げたいという気持ちがたしかにあるんです。それなら、その力になりたい。それが私の「なぜ」に対する答えになります。ぜひみなさんにも「なぜ」の解をベースにビジネスをして、日本を元気付けてほしいと思います。