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先輩開業インタビュー

「振袖じゃなく、かっこいいメンズスーツが着たい」Xジェンダー当事者が、思い一つで立ち上げたオーダースーツブランド

近年、LGBTQ +といった言葉がテレビや新聞、ネットで取り上げられる機会が増えてきました。性のあり方が男女の2通りだけでなく、多様であるべきという考えが広まったことで、当事者であることをカミングアウトする人も増えています。そうした背景の中、当事者たちの悩みの一つとなっているのが服装です。特に慶事などで着用する礼服にもなると、特定の性別だとは自認していない「Xジェンダー」には選択肢が少ないのが現状です。そんな社会的課題ともいえる問題を解消しようと起業したのが、自身がXジェンダー当事者でもあるクーゼス代表の田中史緒里さんです。田中さんは現在、女性でもかっこよく着こなせるメンズスーツを開発・販売し、全国を飛び回る活躍をしています。今回は、そんな田中さんに事業を立ち上げたきっかけや、スーツに対する思いなどを伺いました。

LGBTQ+に寄り添った商品やサービスを展開

――まずは事業内容について教えてください
事業の主軸が、女性の体にも合うメンズパターンのオーダースーツの販売です。また、同じく女性向けにボクサーパンツも販売していて、生理用ナプキンをつけられるのが特徴です。後は、まだ始めたばかりのプロジェクトなのですが、ジェンダーフリーウエディングサービスを昨年からスタートしていて、こちらはLGBTQ+のカップルに向けた理想の挙式を叶えるためのサポート事業になります。現在はこの3つの事業をクーゼスとして展開しています。

――スーツやボクサーパンツの購入者は主にXジェンダーが多いのでしょうか?
現在はそうですね。ただ、私自身がいわゆるXジェンダーだということもあり、女性向けメンズパターンスーツというと、LGBTQ+のブランドのように思われますが、個人的にはそこにこだわっていません。単純に、女性に既存の概念に捉われない、かっこいいスーツを提供したくて始めたので、ターゲットは全女性になります。

株式会社クーゼスでオーダースーツを作る際の色の見本の写真 ――店舗はかまえていますか?
店舗はなく、SNSと公式ホームページが窓口になっています。例えばスーツのオーダーをいただく場合、SNSのDMなどから連絡をいただくことが多いです。依頼があったら、依頼者の住んでいる地域まで足を運び、注文の詳細を伺うスタイルで展開しています。採寸やデザインを打ち合わせる場所は自宅か、もしくは近隣の会議室などを借りて行っています。ですので、基本的にはいつも全国各地を飛び回っていますね。

――ウエディング事業についてはどのような展開をしているのでしょうか?
オリジナルウエディングを展開しているHAKUと提携して立ち上げた事業で、結婚式のほかにフォトウエディングもサービスとして提供しているのですが、まだ市場を開拓している段階です。同性婚が許されていない日本において、LGBTQ+のカップルが挙式するという発想は当事者ですらほとんどありません。でも、LGBTQ+だからといってウエディングという特別な体験ができないというのはあまりにも不条理です。まずはそのことを当事者の方々に気づいてほしいという思いからスタートした事業になります。

振袖やレディーススーツ以外の選択肢がなく、成人式への出席を断念

――今の事業を始めた理由を教えてください
私自身が20歳になって、成人式には振袖ではなく、スーツを着ていきたいと悩んだことが始まりでした。しかもレディースではなくメンズで。もちろん着たこともなかったから自分に似合うかもわからない。店舗に相談しに行こうかとも考えたけど、地元が地方の小さな町だったことから「知り合いがいるかもしれない……」と思うと、そう気軽には足も運べません。かといって、レディーススーツも女性らしさを求められているようで「嫌だな」と感じていて。悩んだ挙句、成人式には出席しませんでした。

――理想のスーツが見つからなかったわけですね
当時は、ネットで探しても見つからなかったんです。そんな中、1年後くらいに友人の結婚式があり、またあらためてスーツを探すことになりました。その頃は上京していて、さすがに東京にはあるだろうと思ったら、それでもなかなか見つからない。そこで、しかたなくジャケットとパンツを別に購入して、セットアップのように着て出席しました。でも、それだって探すのにすごく時間がかかり、せっかくおめでたい場に参加したのに、「今後も服装について悩まないといけないのかな……」と、複雑な心境になり気持ちよく祝えませんでした。

株式会社クーゼスを起業した田中史緒里さんの写真 ――それからも悩みを引きずっていたのですか?
はい。その後に結婚式での経験をほかの友達に話したんです。そしたら、実は私と同じような悩みを抱えていて、スーツにレディース以外の選択肢がないことに不満を持っていることがわかりました。私たちはお互いにたまに顔を合わせては愚痴りあっていたのですが、いつまで経っても理想のスーツはできないし、おそらくこれからもできないだろうと。こんな身近に同じ悩みを持っている人がいるし、きっと全国にもこの悩みに共感してくれる人がいるはず。それなら、自分でジェンダーフリーのかっこいいスーツを作ろうと思い立ったというわけです。そこで、2019年12月にクーゼスを立ち上げました。

――田中さんは、自身がXジェンダーだといつ頃気づいたのでしょうか?
高校生の時に初めてスーツのことをネットで調べていたら、たまたま「LGBTQ +」というワードが出てきたんです。そこで初めて知識を得て、「ひょっとしたら私はそうなのかも」と疑問を持ちました。でも、人と違うということをすんなりとは受け止められなかったし、きっとそうじゃないと思いたかった。ただ、上京して初めて勤めた会社で偶然にもLGBTQ +の当事者に出会い、その人から「君もそうだよ」と、当然のように指摘されました。なので、自分から受け入れたというよりも、周りの人に気づかされ、彼らからより深い知識を学んでいきました。

知識ゼロのまま50社以上に思いをぶつけた結果、見つけた協力者

――スーツ作りはどのように進めていったのでしょうか?
私は上京してからコールセンターにしか勤めたことがなく、スーツについての知識はほとんどありませんでした。スーツを作るにも、自分の思い描いたデザインを説明する言葉すら持っていなかったのです。単純に「メンズスーツを小さくしてくれればいいのに」とだけ思っていて。そこで、片っ端から工場へ電話をかけて「メンズスーツのサイズを小さくできますか?」と、問い合わせていきました。でも、私の説明が下手なせいもあって、まったく相手に通じない。そもそも専門用語がわからなくて会話にならず、相手にしてもらえませんでした。

株式会社クーゼスのスーツの写真 ――何社くらいに電話したのですか?
メールも合わせると確実に50社以上にはコンタクトを取りました。でも、どこも取り合ってくれない。それでもあきらめ切れなくて、電話をし続けていたら、1社だけ「なぜ、そんなことをやりたいの?」と、理由を聞いてくれた人がいて。すぐに私はXジェンダーの当事者で、高校生の時からずっと理想のスーツを探し求めていることを説明したら、話を聞いてくれて、理解を示してくれました。それが今の取引先です。スーツの知識はほとんどこの方から教わりました。基礎知識も専門用語もわからない私に根気よく付き合ってくれて、一緒に理想のスーツを一から考えてくれたからこそ今があります。感謝しかありません。

――よく理解してくれましたね。どのように説明したのですか?
事業計画書を用意したり、綿密なプレゼンをしたりといったことは一切なく、熱意だけを伝えました。Xジェンダーについても、市場などはまったく考えていなかったので「Xジェンダーがたくさんいるんです!」と、半ば強引に話を進めて。ところが、偶然にも取引先の方の知り合いがLGBTQ +に関心のある人で、少し知識があったらしく、興味を持って聞いてくれたのはラッキーでした。なんとなく私の話に「そんな時代が来ているのかも」と、共感してくれた時はうれしかったです。

――スーツ作りにはどれくらいの費用がかかりましたか?
はじめに私が理想とするスーツを取引先の工場に理解してもらうためにサンプルを作ったのですが、その費用として80万円ほどかかりました。個人でパタンナーをしている人に「こういう感じでスーツ作ってくれませんか?」と、素人丸出しの説明でデザインを伝え、何度か直しもお願いしたので、ある程度の時間とお金はかかりました。

競合が現れてこそ、私が望んでいた世界が実現する

――起業後、集客はどのように行ったのですか?
起業後に集客と言えるようなことは特にしていません。ただ、始める前からTwitterやInstagramで「女性向けのメンズパターンスーツを作りたいと思います!」といった発信をしていました。そうしたら「ほしいです!」「待ってました!」といったDMが徐々に増えていき、問い合わせなどのリアクションも含めると、100通は来たと思います。実際にクーゼスが始動した2019年12月の売上も想定していた以上の数字で「えっ、これってすごいんじゃないの?」と、後になって知り合いの先輩経営者に相談したら、上々の滑り出しだったみたいで、驚かれました。それくらい無知のままスタートした感じでした。

――DMやホームページから注文を受けているということですが、キャンセルなどでのトラブルはないのでしょうか?
例えば、沖縄から依頼があって、現地へ飛んだ後に「やっぱりやめます」と会ってくれなかったらどうしよう、といった不安はありました。そこで、料金の30%を前金として入金してもらうようにしています。事前にお金を支払っていただくことは、いわゆる“ドタキャン対策”にはなっていますね。

株式会社クーゼスのボクサーパンツの写真 ――現在、競合はいますか?
ほとんどいない状態です。ただ、今は私1人で全国を回っているのでマンパワーが足りず、需要に対して供給が追いついていない状態です。成人式のためにスーツをあしらいたいと言っている人のもとへ行けず、私と同じように出席をあきらめている人がいるかもしれない。そう考えると、むしろ競合は大歓迎で、必要なんです。それに、ファッションというのは、いろいろなお店の中から自分の好きなものを選んで決めたいもの。今は女性向けのメンズスーツはクーゼス1択になっていて、悩めない状況です。クーゼスと同じようなブランドが増えた時、初めて悩んでいた頃の私が望んでいた世界になるとは思っています。

――事業を続けている中で、うれしかったことはなんですか?
クーゼスとして初めてのお客様が、プロポーズのためにスーツを用意したいという方でした。その後、「プロポーズに成功しました!」という連絡をいただいた時は、心からうれしかったです。また、自分のためにとスタートした仕事ですが、誰かの人生に関与していることに気づいた瞬間でもありました。実際、全国各地のお客様とお会いすると、スーツ以外にも悩みを抱えていることがわかります。当社のボクサーパンツはそうしたお客様の相談から生まれたものなんです。まだまだ私にはできることがあるとも感じていて、それがやりがいにもなっています。

創業者が事業への思いを熱く語れるか、それが成功の鍵になる

――今後の展開として考えていることはありますか?
現在、「ナベシャツ」を研究開発しています。これは女性が胸を小さく見せるための下着で、男性らしいシルエットに憧れる人が身につけるものになります。古くから日本はもちろん、世界にも普及しているものなのですが、名前が「おなべ」からつけられたものでダサい、胸が蒸れる、息が詰まるなど、既存のものに不満を持つ人は少なくありません。これを進化させることができれば、革命と言えるでしょう。これはクーゼスとして、ぜひとも取り組みたいと着手し、今は最終段階まで来ています。もうそろそろ発表できるのではないでしょうか。

――スーツと同じように、待っている人がたくさんいそうです
そうだとうれしいです。後は、年明けの2023年1月7日に、クーゼス主催で成人式を開催します。クーゼスを立ち上げたきっかけが成人式だったということ、またスーツを購入する理由として一番多いのが成人式だということから考案したもので、参加費無料の大赤字イベントになっています。自分が着たい服を着て、同じ思いを持っている人たちが集まる式で成人を迎えられたら、きっと忘れられない日になるはずです。開催を発表したらすぐに多くの申し込みがあり、当日はクーゼスのお客様を始め、全国からたくさんの人が集まる予定です。絶対に楽しいイベントにしようと思います。

――最後に、独立・開業を目指す読者にアドバイスをお願いします
創業者が自らの事業に対する思いを語れたら、きっと共感してくれる人が現れると思うし、そこからつながるご縁を大事にすることが一番重要だと考えています。私は経営者ではありますが、本当に仕事ができないし、周りの人に助けられてばかりです。でも、誰よりもメンズスーツに対する思いを語れたからこそ、たくさんの協力してくれる人たちと出会えたと思うんです。事業を立ち上げるのに経歴やスキルはあまり関係なくて、本当に必要なのは熱量だと信じています。

株式会社クーゼスを起業した田中史緒里さんの写真 ――田中さんはまさに熱量の大切さを体現していると思います
おそらく世の中の経営者から見ると、私の事業の進め方は効率が悪く、時間やお金の使い方もおかしいし、利益構造だってめちゃくちゃに見えると思います。だけど、私は自身の体験から生まれた思いありきでやっていて、むしろそれがあるからこそ「すごいね!」「手伝うよ」と、声をかけてくれる人たちが現れているとも思っています。できれば、事業を立ち上げる前に、その仕事にどんな思い入れがあるか、それをどれだけ熱く語れるかを、今一度自分に問いかけることは大事かもしれません。逆を言えば、それがあれば、後はきっと知識ある人が助けてくれるはず。思いだけでスタートしてみるのも、悪くないですよ(笑)。

株式会社クーゼス

Instagram:https://www.instagram.com/keuzes_official/

https://keuzes.co.jp

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