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先輩開業インタビュー

たくさんの人の想いを届けたい!「伝わる」を武器に進化し続けるフリーアナウンサー

アナウンサーと言えば主にニュース原稿を読む仕事を思い浮かべますが、「声」を使った仕事は実にさまざまなものがあります。ブライダルやイベントの司会、CMのナレーション、ラジオパーソナリティ、また講演業などもその一つです。そうした声の仕事で大切な要素として挙げられるのが「伝え方」。声を通して人の思いを伝えるには必須のスキルでしょう。その専門家として活躍しているのが、「伝えびと」高木真紀さんです。音大を卒業後、就職氷河期のなか、さまざまな職場で気づきを得ながら、「声」を武器にした仕事へとたどりつき、一般的なアナウンサーやナレーター、パーソナリティの枠には捉われない活動をしています。今回は、女性起業家として常に進化し続ける高木さんに、起業のきっかけや仕事への思い、そして今後の展開についてまで詳しくお話を伺いました。

クライアントの思いをフィルターとなり広く伝える

――「伝えびと」としてどのような活動を行っているのでしょうか?
司会進行やナレーション、ラジオパーソナリティのほかに、発声方法や思いの伝え方についてのワークショップを行う「伝え方講師」の活動など、声を使った仕事を幅広く展開しています。基本的には、クライアントの「伝えたい」という思いを、私が「伝えびと」としてフィルターとなって“伝えたい相手に伝える”事業になります。

――どういった仕事の依頼が来るのでしょうか?
多岐にわたります。例えば、司会だと記者会見もあれば、交流会の司会進行なども多いですね。また、最近はWebCMのナレーションも増えてきています。いわゆるYouTubeなどの動画を観ていると流れてくる広告の声ですね。

伝えびとを開業された高木真紀さんの写真 ――「伝え方講師」はどのような内容になりますか?
日本の教育は人前で話す訓練をあまりしないため、話し方や声に自信を持てない人が少なくありません。そうした方に対して、声の出し方や話の組み立て方などを講師としてお伝えしています。実際にワークショップに集まった方々を見ると、皆さん、上手に話せるし、声も出ているんです。でも、慣れていないので自信が持てない。そうした方のメンタルを含めサポートするのが私の仕事です。

「今日は絶対に残業しません」その一言が人生の転機だった

――今の仕事を始めるきっかけを教えてください。
起業までにかなり紆余曲折ありまして、さかのぼれば子どもの頃にエレクトーンを習っていたことに起因します。毎日の練習や演奏会など大変だったのですが、先生から出される課題をクリアしていくことが楽しかったのを覚えています。高校生の時に3年連続でコンクールの北陸代表になり、その延長線上で音大に入学し、生まれ故郷の富山から上京しました。卒業後はできれば音楽の仕事に就きたかったのですが、当時は就職氷河期。ライブハウスで舞台監督のアルバイトをするなどして、充実した生活を送っていました。今の活動拠点となっている横浜に引っ越したのもこの頃です。

伝えびとを開業された高木真紀さんの写真 ――就職はしなかったのですか?
ライブハウスで3年ほど働いた後、コールセンターで契約社員として働き始めました。その後、正社員を含めて15年ほど働いたと思います。約7万人のお客様の課題解決をしました。とても残業が多い職場で、あまりの忙しさに心身ともに疲弊して休職したことも。気づけば仕事しかしていない毎日の中、ふと思い浮かんだのが、子どもの頃から続けていた音楽のことでした。そこで、働きながらも音楽ができる場所はどこだろうと調べた結果、見つけたのが神奈川フィルハーモニー管弦楽団の合唱団でした。入団後、週1回の練習に集まるのですが、その日は当然、残業はできません。意を決して上司に「今日は絶対に残業しません」と言えたのが、私の人生にとって大きな転機だったように思います。そこから何事にも流されるのではなく、自主的に考え、行動するようになった気がします。

――のちの起業につながる大きなきっかけだったんですね
本当にそうなんです。合唱団に通ううちに、そもそも発声のレッスンをちゃんと受けたことがないことに気づいて、通い始めたのが今の仕事につながるアナウンススクールでした。それが2011年、震災のあった年です。あの出来事があった時、自分の人生はいつどうなるかわからないと真剣に考えた人は大勢いたと思います。私もその一人で、後悔のないように自分がしたいことをやっておこうと、ここでも考え方がシフトチェンジして。ただ、この時はアナウンサーの仕事をしようとまでは考えていなくて、残業する毎日のなかで見つけた、小さな楽しみといったところでしょうか。

――音楽もアナウンススクールも当時はまだ趣味だったと
あくまで仕事の息抜きで通っていたのですが、スクール主催のオーディションになんとなく参加したところ、声をかけてくれた事務所があって、今度はそこへ通うようになりました。そこでは本格的な司会のレッスンを受けたのですが、まず教わったのが、司会進行役は「誰1人として置いてきぼりにしない人」だということ。例えば、ブライダルの司会の場合、ケーキにナイフを入れる時に「ウエディングケーキご入刀です」と言いますよね。それを聞いて、音響係が音楽のボリュームを上げ、照明係がライトを照らします。しかし、司会の言い方が曖昧だと「今でいいの?」と迷わせてしまいます。つまり、声一つで全員の動きを司るのが司会なんです。こんな素敵な仕事はないと思い、週末のみ事務所からの仕事を受け司会業をスタートし、しばらくしてコールセンターの仕事を辞め、2015年から派遣社員とアナウンス業の2軸で働くようになりました。

自ら番組を作り、ラジオパーソナリティとして活躍

――「伝えびと」として活動をスタートしたのはいつになりますか?
2018年に「伝えびと」という名前で開業しました。当時、主に受けていたのがブライダルの司会です。しかし、現場に立っていて感じたのが時代の変化でした。おそらく現在の少子高齢化から考えると、人口が減っている分、結婚式は減る。ということは、自動的に披露宴も減る。そうなると、ブライダルの司会だけではこの先、仕事に広がりがない。だから、アナウンスのスキルをもっと生かして別の仕事を受けられるようになろうと考えるようになりました。

伝えびとを開業された高木真紀さんの写真 ――別の仕事とは?
たくさんの人に声を聞いてもらいたいと考え、思いついたのがラジオでした。パーソナリティになるためにはどうすればよいか調べたところ、ラジオ番組を手掛ける事務所を見つけ、お金を出せば自分でラジオ番組を作れることがわかったんです。しかも、それほど高額ではなくて、誰かと折半なら不可能ではない金額でした。そこで考えたのが音楽番組で、毎週違うミュージシャン、アーティストに出演していただき、私はその聞き役で、お互いに制作費を出し合うことにしました。自ら番組を手掛けることができたことで、ラジオパーソナリティとしてのキャリアをつくり、結果的にラジオの仕事をいただくことができました。

――自ら番組づくりをするとはすごい!
ただ、残念ながらコロナの影響で自分が手がけた番組は現在休止しています。司会業もコロナ禍でイベントなどが減り、こちらも立ち行かなくなりました。ですが、悪いことばかりではなくて、この時に初めて自分がプレイヤーとしての動きしかしていなくて、経営という視点が抜けていたことに気づかされたのです。例えば、SNSを更新して自らを宣伝し、ホームページで活動報告をしても、結局は数多くいるフリーアナウンサーの一人でしかなく、なかなか仕事の依頼はきません。アナウンスや司会を依頼する相手として選ばれるには、もう少し広い視野を持ち、どのように自分を売り込むかを経営者視点で考える必要があると痛感しました。この気づきによって横浜の女性起業家支援とつながることができました。支援団体からのアドバイスもあり、初めて銀行から融資を受けることもできました。

――他のアナウンサーにはない強みを持つということでしょうか?
その通りです。そこで自分の過去を振り返って気づいたのが、「ITに強いアナウンサー」でした。実は、音大に通っていた頃からMacを購入して触っていたり、また、コールセンターではヘルプデスクの対応をしていたのですが、ここでもインターネット関連のトラブルをサポートする研修を受けていたりと、ITに関するベーシックな知識を持っていました。同じ原稿をアナウンスするにしても、その言葉の意味を理解しているかいないかで、必ず声に違いが出て伝わり方が変わります。なので、現在は自分の強みを発揮していくため、IT企業のオンラインセミナーのMCやWeb広告のCMなどを積極的に受けているところです。

伝えびとの活動を通して、女性に対する古い慣習を変えていきたい

――今の仕事を続けるなかで大切にしていることはなんですか?
自分を大事にすることですね。「伝え方講座」をしている時によく思うのが、褒められたことを素直に受け入れることができない人が多いことです。声を褒められているのに、「でも、自分の声は好きじゃない」と、なぜかネガティブなほうへ気持ちが向かってしまう。でも、たとえお世辞だとしても0.1とか0.2の思いがないと、1の表現にはならないのです。私はたまに「癒される」と言われるのですが、「そうか、私は癒しているんだ」と受け入れ、その言葉に「ありがとうございます」とお礼を言っています。自分が意図していなくても、人に喜ばれているものは一番提供価値があるものだと思うので、そうした部分を仕事でも生かしていきたいと思っています。

――とてもポジティブな考え方ですね
自分で自分に「これはできない」とマインドセットしている人は少なくありません。例えば、家事は女性がやるもの、子育ては女性がやるものと自ら決めつけている場合もあります。女性アナウンサーにもそうしたマインドセットがあって、ありがちなのが「自分の意見は言ってはいけない」。しかしそうした、いわゆる「らしさ」なんてものは、女性自らが変えていかなければいつまでも続きます。私は伝えびとの活動を通して、そうした決めつけのような慣習を変えられるよう、さらに事業を拡大していって、女性の活躍を手助けするような活動にも力を入れていきたいと考えています。

伝えびとを開業された高木真紀さんの写真 ――今後の展開を教えてください
長年のヘルプデスクでの経験を生かして、「テクノロジーで女性が自由な時間と場所で働ける社会をつくりたい!」をコンセプトに活動を始めています。現在、日本の課題として、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいないことが挙げられます。また、スタートアップや女性起業家を支援する動きもあります。しかしながら、時間やお金の制約が多い女性はなかなか支援と繋がることができない。そこで、私のようにひとつの企業にフルコミットできない多くの女性が、テクノロジーの力を最大限活かして活躍できるように、両者の間をつなぐ「通訳」「案内人」の必要性を感じ、この役割をビジネスにすべく、現在奔走しています。まだ、アイデア段階ですが、まさに私だからこそできる仕事だと思うので、必ずカタチにしたいと思います。

ネガティブ思考を外し、どうやったらできるかを追求する

――最後に、独立開業を考えている方にメッセージをお願いします
独立して新しいことを始める前に、まず今の仕事と並行して始めてみてはいかがでしょうか。それなら見切り発車しても損失は小さくて済みます。また、本業で得たスキルを副業に生かすことだってできます。私はコールセンターでマネージャーをしていたのですが、常に業務の効率化を求められていました。でも、効率的に物事を行うということは、どんな仕事にも当てはまり、今のアナウンス業にも生きています。職種という枠を外して見てみると、相互に生かせる部分や新しいアイデアが見つかるはずです。

――今の仕事とこれから開業する仕事を切り離す必要はないと
むしろ切り離せないと思います。私は会社員だったことと、アナウンサーであることをまったく切り離していませんし、両方の慣習や常識を経験したからこそ、変えられるものがあると思っています。女子アナはニコニコ笑って、与えられたものをそのまま伝えればいい、なんてイメージもあるようですが、私はそれなりに年齢も重ねていますし、言いたいことは言っていきたい。これは自分を大事にすることにもつながっていくので、皆さんにもそうしたマインドで進んでいってほしいですね。そして、時間やお金がないからできないとか、失敗したくないからしないとか、なるべくネガティブ思考は外すべきです。それよりも「どうやったらできるか」。それを追求していってほしいと思います。

伝えびと

フリーアナウンサー高木真紀
所在地:横浜市西区
※取材時点の情報です

https://www.tsutaebito.com

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