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先輩開業インタビュー

予期せず仕事を辞めて移住・起業。“週末の趣味”で事業を始めた、秩父のこだわりチーズ工房

まだまだ働き盛りの50代。やりがいのある仕事で重要なポストを任され、多忙な毎日を過ごしている最中、突然体調を崩して仕事を離れることになったら––––。自然豊かな埼玉県秩父市で「秩父やまなみチーズ工房」を営む高沢徹さんが選んだのは、趣味のチーズ作りを生業にすることでした。住まいも都内から秩父市へと移し、地元の方々と連携した働き方は、地方移住に憧れを持つ人たちにとって、まさに理想的ではないでしょうか。そこで今回は、53歳にしてチーズの世界に飛び込んだ高沢さんに、仕事や移住について詳しく伺いました。

すべてに“秩父産”を使ったこだわりのナチュラルチーズを製造

――どのような商品を販売しているのでしょうか?
定番商品は約14種類で、おなじみのカマンベールやモッツァレラ、ウォッシュをはじめ、リコッタ、フロマージュ・ブランなど、イタリアタイプやフランスタイプのナチュラルチーズをそろえています。工房の店頭で金・土・日の週3回販売していて、それ以外は秩父市を中心に、埼玉県内の飲食店や小売店に商品を卸しています。

――チーズの特徴を教えてください
秩父ならではのチーズ作りにこだわっています。生乳は秩父郡小鹿野町の吉田牧場の乳を100%使用しています。また、ウォッシュタイプのチーズには「平成の名水百選」にも選ばれた秩父の名水「毘沙門水」や、仕上げにベンチャーウイスキー秩父蒸溜所の「イチローズ モルト&グレーン ワールドブレンデッドウイスキー」で磨くなど、秩父産のものを使っています。

高沢徹さんが開業された秩父やまなみチーズ工房で販売されている商品の写真" ――秩父は観光スポットとして人気ですが、観光客をターゲットにしているのでしょうか?
地域の方たちの日常の食卓に彩を添える存在になりたいというのが一番の願いで、料理の材料としてや、気軽にサラダに入れたり、おつまみとして楽しんだりできるようなものを意識して作っています。実際にお客様は地元の方が多いですね。観光客の方も来店してくれています。チーズプロフェッショナル協会が開催している国産ナチュラルチーズのコンクール「Japan Cheese Awards(ジャパンチーズアワード)2020」で、3つの部門で最優秀賞や金賞、銀賞を受賞したことがきっかけで認知度が高まり、いろんな地域から足を運んでくれるようにもなりました。

53歳で体調を崩し休職、その時初めて今後の人生を考えた

――今の仕事を始めた理由を教えてください
こう言ってしまうと身もふたもないのですが、本当に成り行きなんです。この仕事を始める前、アパレル・ファッション流通関係の業界専門紙に勤めていて、編集局長をしていました。とてもやりがいのある仕事で、辞める気など微塵もありませんでした。しかし、知らず知らずのうちにプレッシャーがかかっていたのか、53歳の時に体調を崩して1年間休職することになってしまって。休んでいる間に初めてこの先の人生を考えました。結果、何かを始めるなら年齢的にも今がラストチャンスだろうと思い、退職を決意しました。ただ、やはり会社の人間には迷惑をかけてしまったと、いまだに申し訳ない気持ちではいます。

――秩父で開業したのはなぜですか?
これも退職を決めた理由の一つになっているのですが、妻が秩父出身で、40代の頃からぼんやりと「リタイアしたら秩父に転居してもいいかな」と考えていたんです。私は東京生まれ、東京育ちなので、自然が豊かな土地に住んでみたいという憧れもありました。なので、休職中に退職という選択肢が頭をよぎった時に、ふと秩父へ行って生活環境を変えるのも一手かもしれない、と思ったのがきっかけで移住を決めました。

高沢徹さんが開業された秩父やまなみチーズ工房の外観の写真" ――では、なぜ仕事にチーズ作りを選んだのでしょうか?
実はこれも成り行きで、私はそれほど思慮深いタイプではないので、本当に思いつきなんです。もともと家でパンを焼いたり、味噌や醤油を作ったり、チーズを作ったりするのを趣味にしていました。特にチーズ作りは、週末に講座を受講したり、検定などを受けたりもしていて、かなりハマってもいました。とはいえ、趣味を仕事にするというのはかなりの覚悟が必要です。でも私の場合、退職を考えた時に思いついたのがチーズ作りで、なんとなく勉強してみたいと思った、というのが本音です。

地域のネットワークに飛び込んだからこそ、今の自分がある

――チーズ作りはどのようにして勉強されたのでしょうか?
仕事にする以上、独学ではまずいと思い、まずは研修させてもらえる場所を探しました。そこで、酪農の業界団体に電話で問い合わせたところ、幸運にも北海道の有名な牧場を紹介していただけました。すぐに現地へ飛び、2016年の夏から翌年の春までの8か月間、働きながらチーズ作りを学びました。私は子どもがいないので、妻を一人残して行くこと、また、50歳を過ぎていることもあって、「時間がないのでとにかくいろはを叩き込んでほしい」と、研修先にはかなり無理なお願いをしました。それにもかかわらず、快く受け入れてくれたことには本当に感謝しかありません。

高沢徹さんが開業された秩父やまなみチーズ工房の看板の写真" ――チーズ作りを仕事にすること、そして、研修に北海道へ行くと伝えた時の奥様の反応はいかがでしたか?
「まあ、いいんじゃないの?」くらいの反応でしたね。もちろん、私が仕事を辞めるまでの経緯を見ていたこともあって、協力的ではありました。私が研修に行っている間には、秩父での住まい探しを妻がしてくれたので、とてもありがたかったです。物件探しは秩父市の空き家バンクを活用しました。工房の場所も、空き家バンクの事務局長さんが地元ワイナリーの社長さんを紹介してくれて、その方が「チーズはワインとの相性もいいことだし、近くで始めたら?」と、ワイナリーから約300mの今の立地に決めました。

――資金調達はどうされましたか?
仕事を始めるにあたってお世話になっていた商工会議所からご紹介いただき、地元の信用金庫と日本政策金融公庫から借入をしました。また、当時は、EUとの間でチーズの関税が下がるという話が持ち上がり、国から補助金が出始めたタイミングだったので、そちらも活用しました。借入が1000万円、補助金が700万円で、総額で1700万になります。工房を作るには、殺菌機、ボイラー設備、チーズバット、熟成庫、冷蔵庫、作業台、モールド他製造機器、コンロ、シンク、電解水精製機、包装関連機械といった、専門的なものを含め多くの機器をそろえなければなりません。その他にも販売ではショーケースなどが必要で、借入した資金はすべてこれらの購入費にあてました。

――チーズ作りと言えば牛乳は欠かせませんよね。酪農家さんとはどのようにしてつながったのですか?
これがまた不思議なご縁なんです。まだ会社に勤めていた頃、年に2回ほど妻の実家に帰省していたのですが、その道中で必ず目にする牧場がありました。車で前を通りながら「きっとここの牛乳はおいしいだろうな」なんて、漠然と思っていました。その後、先ほどお話しした通り、研修先を紹介してもらうために酪農の業界団体に電話をしたのですが、その電話に出た方が、私が目にしていたその牧場の方と非常に親しくて、「秩父でチーズ作りがしたいと言っている人がいる」と、伝えてくれたのです。それから酪農家さんとは懇意にさせていただき、牛乳を分けていただけることになりました。今の自分があるのも、こうした偶然の出会いが重なり、地域のネットワークの中に入れたからこそだと思っています。

田舎が「保守的」は偏見、移住後に嫌な思いをしたことがない

――集客はどのように行ったのですか?
2018年10月のオープン前に、商工会議所が主催しているお祭りでチラシを配りました。あとは、FacebookとInstagramを開設して告知したくらいです。それにもかかわらず、オープン初日に500人ほどの来店客が集まったのには驚きました。当時はわからなかったのですが、今振り返ると、まずナチュラルチーズのお店が珍しかったこと、それと、商工会議所で知り合いになった事業者さんたちがいろんなところにお声がけしてくれたのが理由だと思っています。

――秩父でチーズ作りをされている店舗は他にはないのですか?
ありません。埼玉県でもあともう一軒、日高市でチーズ作りをしている牧場があるくらいです。基本的に酪農県ではないんですよ。 関東で酪農と言ったら、栃木県でしょう。那須などは牧場が多いですよね。その次は千葉で、いすみ市に牧場が集中しています。そういう意味では競合はいません。でも、それを見越して秩父で開業したわけではなく、本当に偶然です。

――これまでの運営の中で大変だったことを挙げるとしたら?
私を含め、チーズ工房を始めた人たちが後になってよく後悔するといわれていることがあります。それは、「チーズを熟成させる熟成庫が足りない」「予想以上に排水が出る」「備品をしまう倉庫がもっとほしい」 この3つです。私の場合は、排水のトラブルでした。想定以上に浄化処理設備に負荷がかかってしまって増設が必要になり、開業早々に追加で約600万円かかりました。これは相当な痛手でした。勢いに乗ってスピーディーに店を開いたので、そのしっぺ返しが来たと思わず頭を抱えたのを覚えています。結局、かかった費用はメインバンクと相談して割賦で支払いました。それからは、チーズ工房を始めたいと相談に来る方には、私のようにならないよう、必ずこの3つについてお話しするようにしています。

高沢徹さんが開業された秩父やまなみチーズ工房の設備の写真 ――移住に関して、何か困ったことや苦労したことはありますか?
大袈裟ではなく、移住してから嫌な思いをしたことが1回もないんです。仕事は地域の皆さんの協力のおかげで順調に来れましたし、自宅のお隣さんともとても親しくさせていただいて、リラックスして暮らせています。妻は18歳まで秩父にいて、その後は東京暮らしだったのですが、久しぶりの秩父での生活に「秩父ってこんなにいいところだったんだ」とびっくりしています。田舎は保守的と思われがちですが、秩父に限ってはそんなこともない。新しいことを始めようとしている農家さんや起業家さんがいたり、新進気鋭のクリエイターやデザイナーもいたりして、とても刺激的な土地だと思います。こういうことも、暮らしてみて初めてわかったことではありますが。

地域一帯で連携・分業して6次産業化している秩父の事業者たち

――チーズ作りを趣味から仕事に変えてみて、感想はいかがですか?
魅力は深まっていくばかりです。酪農家さんと毎日話していると、驚きと発見の連続で、自分が牛のこと、牛乳のことをいかに知らなかったかを教えられます。牛の種付けを見せてもらったり、出産シーンに立ち合わせてもらったりと、牛乳ができるまでを一連の流れで体験できたのは貴重な財産です。それによって、チーズ作りもすごく楽しいものになっています。農家や酪農家など第1次産業の方が、商品の製造(=第2次産業)、販売(=第3次産業)まで手掛けることを6次化(6次産業化)といいますが、酪農家さんと私たちが連携・分業してそれぞれの強みを活かし、力をあわせて6次化して商品を生み出しているという感覚です。

チーズ作りについて語る秩父やまなみチーズ工房を開業された高沢徹さんの写真" ――地域一体になって6次産業化を実現している、と
チーズ作りでは、牛乳から乳脂肪や乳たんぱく質の一種を取り除いた液体「ホエー」が大量に出ます。普通ならこのホエーは廃棄物として扱われるのですが、それを飲食店がアイデア料理に使ったり、養豚場の豚に与えて「秩父のホエー豚」として売り出したりと、地域の方がそれぞれ補って新しいブランドや商品作りをしています。秩父には、消費者を含めてみんなでおいしいもの、新しいもの、良いものを増やしていくという考え方が根付いています。そこに参加しているのが何より楽しいですね 。私も何歳まで仕事をするかわかりませんが、今後も何か新しい種類のチーズの作成にチャレンジしていきたいと思っています。

――最後に、独立・開業を目指す読者にアドバイスをお願いします
退職を考えた時、じっくりと構想を練っていたら今の生活はなかったはずです。資金が全然足りないし、技術的にも未熟だし、そういう意味では、起業には勢いみたいなのが必要なのだろうと思います。また、起業するのに年齢も関係ないとも思っています。若ければ若いほど選択肢が多くていろんなことができるでしょうけど、ある年齢に達したらそれなりのやり方があります。だから、思いついた時が独立・開業するベストなタイミングなのではないでしょうか。あと、これはあくまで経験談ですが、お金は意外と何とかなりますよ。ご参考までに。

秩父やまなみチーズ工房

所在地:埼玉県秩父市下吉田4074-2
TEL:0494-26-7638
※取材時点の情報です

https://chichibu-cheese.shop-pro.jp

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