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先輩開業インタビュー

移住先で“足りないもの”を見つけて夫婦で起業。新刊書のみを扱う移動販売専門の本屋さん

「子どもを自然の中でのびのびと育てたい」その思いで東京から神奈川県にある人口約7000人の小さな海辺の町、真鶴へと移り住み、移動書店を始めたのが、中村竹夫さん、道子さん夫妻です。二人が運営する「道草書店」は、車一台で真鶴を中心にいろんな場所へと移動し、青空の下で新刊書を販売するスタイルの本屋さん。このアイデアは、移住後に思いついたものだとか。事業をスタートさせた経緯や運営方法、また移住先での生活などについて、二人に詳しくお話を伺いました。

理念は、本を通して人とのつながりをつくること

「道草書店」について語る中村竹夫さんの写真 ――事業内容について教えてください
竹夫さん:真鶴町を中心に、移動本屋を営んでいます。扱っている本は新刊書のみで、軽自動車に100冊ほど積んで現地に行き、テントや棚を設営して出店するスタイルで営業しています。2020年9月に事業をスタートして以来、飲食店などの駐車場といったスペースをお借りして出店していて、現在は町内の公共施設と珈琲豆店の2カ所に本棚を置かせてもらい、常設での本の販売も始めています。

――どのようなジャンルの本を販売しているのですか?
竹夫さん:オールジャンルです。ただし、コミックと雑誌以外のもの。なるべく大手の本屋さんにはないような、少しニッチな本を選んで仕入れています。また、いろんな場所に出店するので、伺う先や客層をイメージして選書することを大切にしています。

道子さん:常連さんや顔馴染みの方が増えてくると、リクエストなどもあるので、その人たちのために選書するようにもなりました。テレビ情報誌やナンプレ、クロスワードがほしいという高齢者の方からの声もあります。おしゃれな本をおいてもなかなか売れないので、バランスを重視するようにしています。

――選書は試行錯誤している途中ということですね
道子さん:そうですね。道草書店の理念は、本を売るだけではなく、本を通して人とのつながりをつくること。そのために、地域の方々の交流の場になるようなイベントなども企画・運営しています。例えば、公共施設をお借りして子どもたちに映画の上映会や駄菓子の販売などを行っています。町づくりをしている他の団体と連動しながら、子育てママが楽しめたり、癒しの場になるようなイベントを目指して、さまざまなことにチャレンジしています。

「本屋がない」地元住民の声からニーズを発見

東京から真鶴町へ移住して起業した理由を語る中村道子さんの写真 ――真鶴町で起業した理由はなんですか?
竹夫さん:もともと私たちは東京に住んでいて、妻は会社員、私は自営で整体師をしていました。今年3歳になる娘がいるのですが、都心で暮らしているとどうしても子どもの遊び場所が少なく、自然の中で子育てをしたいという思いが強まっていたのです。子どもが小学生に上がるタイミングでどこか地方に移住できたらと思い、あちこちリサーチしていた時に妻と二人で遊びにいったのが真鶴でした。もうその日に移住を決意するくらい、二人して気に入ってしまって。それが、2019年10月のことでしたね。

道子さん:移住を決めてからの展開が早くて、翌年の1月にはこちらに引っ越していました。真鶴は物件が少ないのですが、偶然にも家族で住める家が見つかって、保育園の移動の手続きもすぐにすませました。今振り返ってもなぜあんなにスムーズに移住できたのか、不思議に思うくらいとんとん拍子に決まっていったのを覚えています。ただ一つ、決まらなかったのが、どんな仕事をするかということでした。

――仕事を決めずに移住したのですか?
竹夫さん:はい。夫婦で起業するということだけは決めていて、あとはまったくです。少しの蓄えはあったので、真鶴へ移り住んでから探そうと考えていました。ですが、移住した途端に新型コロナの影響で自粛生活になってしまったんです。仕事が決まらず悶々としていた時、地域の方から伺ったのが「町に本屋がなくて困っている」ということでした。都内に住んでいた頃は本屋があるのは当たり前の環境だったこともあり、とても寂しさを感じました。町の人も求めているし、自分たちにとっても本屋は必要。それなら私たちが本屋を開業しようと二人で決めました。

――現地にきて、町の人の声からニーズを見つけたわけですね
道子さん:引っ越してきたばかりの移住者ですから、いきなり店舗を持つのは資金的にもリスクがありますし、地域の方とつながりのない中で起業するのは、特にローカルな場所だとかなりハードルが高い。まずはリスクの少ない移動書店という形で始めるのがベストだと思いました。また、コロナ禍なので、密になるリスクを抑えながら運営ができるというのも決め手の一つです。

ネットで「本の仕入れ方」を検索するところからスタート

「道草書店」の準備のため車に本を積む中村竹夫さん、道子さん夫妻の写真 ――本屋を経営した経験はあったのですか?
竹夫さん:整体師の前には、百貨店で顧客サービスをしたり、人材会社で営業職をしたり、高校での教員補助や、サッカーチームの試合運営など、さまざまな仕事に携わりましたが、本屋はアルバイトですら一度もありません。なので、ノウハウはまったくのゼロ。本をどこから仕入れるのか、それすらわかっていませんでした。嘘ではなく、ネットで「本の仕入れ方」と検索するところからスタートしました。

――開業までにどのような準備をされましたか?
道子さん:移動書店なので、まずは移動手段である車が必要です。自家用車を持っていなかったので、本を積める中古の軽自動車を80万円で購入しました。本は積めるだけ仕入れようということになり、100冊ほど用意して、それが約10万円。その他に、設営用の本棚やイーゼル、テントなど備品代に20万円くらいかかりました。費用はすべて自己資金でまかないました。

――初めて出店した時のことを教えてください
竹夫さん:町内にあるパン屋さんの駐車場をお借りして出店しました。告知は開設したばかりのSNSでの投稿のみでしたが、それでも想定していた以上のお客様が来店してくれたのには驚きました。売上も初回にもかかわらず、1万円ほどあったのはうれしかったですね。もちろん本の利益率は低いので、実際に手元に残る金額は少ないですが。

――集客にどんなSNSを活用したのですか?
道子さん:インスタグラムとFacebookです。特にインスタグラムは地方でも見ている人が多くて、投稿を見て来店される方はかなりいます。ただ、やはり高齢者が多い地域ですので、地方紙の湯河原新聞などで私たちの活動が取り上げられた時のほうが反響は大きいですね。地方紙を読んでいる割合も高くて、湯河原新聞も真鶴に住む人のうち、7割くらいの方が購読していると聞きました。

子育ても仕事も犠牲にしない、ローカルでの起業は正解だった

青空の下で新刊書を販売する「道草書店」の写真 ――移動販売のメリット・デメリットを教えてください
竹夫さん:デメリットは、天候に左右されやすいことです。雨天の場合はほとんど中止ですし、小雨だとしても本が傷んでしまう可能性が高いので、すぐに店じまいをするようにしています。天気がコロコロと変わる時などは、本を出したりしまったりと大変で、お客様もその様子を見て申し訳ないと思うのか、帰ってしまうことも少なくありません。

道子さん:メリットというか、うれしいのは用意した本を喜んで買っていただけた時ですね。ある時、小学生くらいの男の子が来店して、日本の美しい本屋さんを特集した書籍を買ってくれたことがありました。3000円と少し高めだったので、その子の母親が「高いから他の本にしなさい」と言ったのですが、男の子は「これがいい!」と譲らない。あとでお母様に伺ったら、そのお金はコツコツと貯めた小遣いだったようで、つまりはそんな大切なお金を使ってまで買いたくなる本をお持ちできたということでもあります。喜びもひとしおでした。

――事業を始めてから半年以上が経ちますが、課題などはありますか?
竹夫さん:安定した収益の確保です。店舗型の本屋さんだと毎日営業できますが、当店の場合、現状では新型コロナの影響もあり、多くて週一回のみの営業 となっています。現状は生計が成り立つほどの収益はなく、当面の運転資金は貯蓄頼みです。なので、なるべく早く収益率を上げ生計を立たせることが必要だと感じています。今は西湘エリアや湘南エリアにかぎって展開していますが、今後は出店頻度を少しずつ増やしていって、地域に関係なく遠方まで足を運びたいと思っています。

――移住してからの生活についてはいかがですか?
竹夫さん:収入の問題があるので今は生活も苦しいですが、私たちは結果としてメリットのほうが大きかったと思っています。子どもとの時間が増え、自分で生活リズムもコントロールできる。生活の質ということで言えば、東京にいる時よりもすごく上がったと実感しています。

道子さん:東京に住んでいた時は、地元の友人以外は交流関係がなくて、正直、人とのつながりが希薄でした。私と同じように、困った時に頼れる人がいない環境の中で、孤独な労働と育児をしているママ達も多いのではないでしょうか。真鶴にきてからは、みんなが顔見知りなので、気軽に相談したり、お願いごとができる関係を構築できています。子育ても仕事も犠牲にしないという意味では、ローカルでの起業という選択は正解でした。

真鶴町を見渡せる風景写真 ――生活の中で特に気をつけていることはありますか?
竹夫さん:起業して運営が軌道に乗るまでは、地域の方々と信頼を構築することが何よりも大事だと思っているので、自分たちのキャラクターを出しながらも、なるべく人と丁寧に接するようには心がけています。小さな町なので、私たちが移住してきた人間だと、みんなが知っています。地域の人たちから誤解を受けないように、生活態度にはかなり気をつけています。

道子さん:あとは、地域の取り組みや行事には積極的に顔を出しています。できるだけお祭りやイベントには参加していて、今はやめてしまいましたが、夫が消防団に加入するなど、そうしたところを入り口にして、地元の方々と距離をつめていく努力をしていました。おかげで今では私たちも地域の方々から「道草さん」と声をかけていただけるほど認知していただけています。

新しい環境に飛び込むことでアイデアが生まれることもある

珈琲豆店で常設での本の販売をしている「道草書店」の写真 ――今後の展開を教えてください。
竹夫さん:移動販売によって地域の方々との交流が増え、顔もしっかりと覚えてもらえました。これからも真鶴で子育てをがんばっている人たちに役立つ取り組みを継続していくためにも、しっかりと売り上げを立たせていかなければいけません。そこで、現在は真鶴町内に実店舗を構える準備しています。店内で本を読みながら飲食できるブックカフェにする予定です。そこでは本を売りたい人に古本や新刊書を自由に販売できる本棚を置き、貸し出そうと考えています。また、本を常設する場所も少しずつ増やしていきたいと思っています。

道子さん:もう一つ予定しているのが、子ども図書館の設立です。近隣の町で子どもを対象にした図書館を運営している団体があって、蔵書が4500冊ほどあるのですが、管理者の方が高齢になったため、来年には施設を閉じることになり、あとを継いでほしいというご相談を受けました。そこで、蔵書をそのままお引き受けして、真鶴の町内で子ども図書館を作ることを計画しています。忙しくはなりますが、とてもやりがいのある仕事だとワクワクしています。

――最後に、独立・開業を目指す読者にメッセージをお願いします
道子さん:起業をしたい人の中には、やりたいことが定まっていない方も少なからずいると思います。私たちも一昨年まではそうでした。しかし、実際にノープランで真鶴にきた結果、町の人とつながったことで、現地に足りないものを見つけることができ、新しいアイデアが生まれました。知らないコミュニティーに飛び込んでみると、ぼやけていた視界が開けることもあります。例えば、旅に出てもいいと思いますし、ボランティアに参加してみてもいい。これまでとまったく違う環境や見知らぬ人に触れることで、やりたいことが見つかることもあるということを覚えていてほしいと思います。

竹夫さん:例え経験がなくても、本当に自分がやりたいと思えるものなら、一歩踏み出すことによって、それが実現可能になることもあります。どんなことでも挑戦してみないことにはチャンスも生まれないし、意外と飛び込んでみたら素人でもできてしまうことも少なくありません。私たちがまさにそうです。大切なのは、自分の“やりたい気持ち”を無視せず大切にすること。それさえ忘れなければ、どんなことでも達成できると信じています。

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