クラウドファンディングに成功した「森の図書室」の図書委員長が、夢を実現するまで
深夜まで読書が楽しめ、気に入った本は貸し出しもできるという、過去に例をみないユニークな業態の「森の図書室」。オーナーとお客さまのオススメ本を蔵書とし、さらにお酒やソフトドリンク、本の物語に出てくる料理をイメージした軽食とともに、2014年6月に渋谷の道玄坂に開店して以来、本好きの間でたちまち話題に。今年3月には表参道ヒルズに2号店をオープンし、今も顧客を増やし続けています。オーナーの森俊介さんは、広告営業に関わる約4年半のサラリーマン生活を経て独立。「森の図書室」の蔵書を購入する資金調達にクラウドファンディングを活用し、大成功したことでも注目を集めました。そんな森さんに、「森の図書室」開店の経緯とクラウンドファンディング活用術について伺いました。
仕事後にも通える「図書館」のような場を作りたかった
――森さんは広告営業のサラリーマンだった4年目のときに、小さい頃からの夢を実現するために動きだしたそうですね。
森:もともと子どもの頃から本を読むのが好きで、「いつか本に囲まれて暮らせたら素敵だな」とは、ずっと思っていたんです。おまけにお酒も大好きなので、お酒を飲みながら本を読める場所があったらいいな……というのが開業を考え始めたきっかけですね。そこから派生して、本も借りられるようにできたらいいなと思いました。独立という具体的な形として膨らんだのは、3年くらい前のこと。会社勤めを続けながら少しずつ準備を始めていきました。
――森さんの好きなものを集めた理想の場所を作りたかったと。
森:そうですね。僕は本を読むので、本を買うことに対するハードルは低いのですが、これから本を読んでみたい人にとって、1冊1,000円、2,000円の本を買うのはきっとハードルが高い。そのカジュアルなキッカケを作りたかった。それに、僕は学生時代、図書館のヘビーユーザーでしたけど、社会人になってからはあまり利用した記憶がない。場所も駅から遠かったり、仕事をしていると、平日はまず開館時間に間に合わない。会社員が仕事を終えてから通える図書館が欲しかった、などの理由が積み重なって構想が固まっていきました。
――場所は最初から渋谷を想定していたのですか?
森:はい。「森の図書室」を読書のキッカケにしてもらえるとするなら、いろいろな人に来て欲しいと思ったんです。サラリーマン時代に働いていた東京駅や銀座周辺、遊びに行っていた六本木や恵比寿などは、エリアごとに人のカラーが決まっている気がしていたのですが、渋谷や新宿はいい意味で、いる人たちが多様。せっかく図書室をやるなら、いろいろな人が集まる場所がいいなと。それに渋谷は日本の文化の発信地的な存在。そういう意味でも良かったですね。
――本を購入する資金調達の方法として、クラウドファンディングを選んだのはなぜですか?
森:デメリットがほぼないということが大きかったですね。クラウドファンディングなら、お金を集めるだけでなく、自分がやりたいこともしっかりアピールできますし、掲載も無料。やってみて損はないと思いました。
――プラットフォームとして「CAMPFIRE」を選ばれた理由は?
森:今でこそクラウドファンディングの数も増えていますが、2014年当時は、「Makuake」「CAMPFIRE」「READYFOR?」くらいしか選択肢がなかった。その中で、一番自分のプロジェクトと親和性が高いのが「CAMPFIRE」だという気がしたんです。外部からのアクセス数を解析できるサービスを利用して比較検討もしたのですが、一番気にしたのはプラットフォームの雰囲気ですね。アクセスの多さだけではなく、どんな層が注目していて、どんなプロジェクトが集まっているクラウドファンディングなのか、それが選択の決め手でした。
蔵書は1000冊以上の読書感想文とお客さんの声でできている
――結果、「森の図書室」は、2014年4月から「CAMPFIRE」で募集を開始し、わずか1か月間で支援者は1737人となり、最終的には953万円もの資金を集めました。これは当時、支援者数の日本記録になりましたね。森さんは、クラウンドファンディングを宣伝の場として考えていたのですか?
森:いえ、それはまったく考えていなかったです。当時はまだ、クラウドファンディングで注目を集められるという風潮はなかったと思います。目標金額も「CAMPFIRE」内の最低金額に据えていただけですし、少しでも多くの人が僕のやりたいことを知ってくれたらいいな、くらいの感覚だったんです。スタートして支援金額が増え続けていく知らせを見るたびに、僕自身が一番驚いていました。締め切り日にはアクセス過多でサイトが落ちてしまい、支援したくてもできなかった方もいらっしゃったそうで。とにかく想定外の反響の多さに、あたふたして大忙しだった記憶しかないですね。
――とても戦略的に、クラウドファンディングを活用されていたのかと思っていました。
森:それは違うんですよ。ですから、結果を見たメディアの方々から、クラウドファンディングで成功する秘訣を聞きたいという取材もたくさんいただくのですが、じつはお話できることは何もなく、申し訳ないくらいです(笑)。
――森さんが構想された「大人のため私設図書室」という発想が、みなさんのニーズに合致した新しいアイデアだったということですね。
森:そうだとうれしいですね。僕は「森の図書室」で大々的な展開をしたかったわけでもなく、「本が好き」「本を読んでみたい」という同じ考えを持っている人、図書室を知っている人がゆっくり楽しめる秘密基地を作りたかった。だからあえて会員制にしていますし、子どもの頃、秘密基地で気心の知れた仲間たちとわいわいする楽しさを、僕自身が味わいたかっただけ。すごくニッチなニーズに、多くの人が共感してくれたのは、本当に予想外でしたね。
?独立をするにあたり、無料で宣伝できる場を見つけることは、大きなポイントなのかもしれません。
森:もともと広告の仕事をしていたので、いろいろな企業のPRを見てきました。そこで感じたのは、莫大な宣伝費です。起業してWEBサイトを立ち上げるだけでもお金がかかる。よそのメディアに情報を載せるとしても、それなりにお金がかかります。しかも、かけた金額だけのペイができるかというと、なかなかそうでもないのが現状です。クラウドファンディングなどを利用するのも一つの手だと思いますよ。
――では、開店準備についても伺わせてください。並べる本の準備はどのようにされましたか。
森:私物の本にプラスして、20代の頃に買った本や図書館で借りた本1000冊以上の読書感想文をつけていたので、それを読み返しておもしろいと感じた本と、関連する書籍を吟味して購入しました。
――まさに森さんのキュレーションによる図書室がオープンしたのですね。
森:はい、当初はそうですね。今ももちろん、僕が読みたい本を随時追加していますが、他にも会員さまが一番好きな本をメッセージ付きで置ける棚も設けています。それから、作家さんや出版社の方からいただいた本が増えたので、今はいろいろな方のフィルターがかかった蔵書になっているんです。そのおかげで、僕のセレクトだけではなく、いろいろな人に楽しんでいただけるような空間になりました。最初に目指していたのも、読書家向けというよりも、本は読んでみたいけど何から読めばいいかわからないという方々に利用してもらうことだったので。会員さまは今、7割近くが女性で、年齢層としては20代~30代の方が多いです。
クラウドファンティングをやると、世の中の声がわかる
――今年の3月には2号店となる表参道ヒルズ店をオープンされましたね。
森:はい。表参道ヒルズさんに声をかけていただき、無事、開店できました。
――先方からのお声がけだったんですね。
森:これまでも、商業施設に店を出さないか? というお誘いはいくつかいただいていましたが、全部お断りさせてもらっていたんです。ただ、表参道ヒルズの出店は、とてもおもしろそうだと思ったんです。森ビルさんの物件なので、「森」つながりで親近感もありましたしね(笑)。
――今回は、プラットフォームを「READYFOR?」に移し、再びクラウドファンディングを活用。目標金額100万円のところ、約177万円の資金調達を達成されました。前回から約2年経って、クラウドファンディングを使う側として、手応えに変化はありましたか?
森:プロジェクトを始めるにあたってのハードルは、以前よりかなり低くなり、世の中にクラウドファンティングが浸透してきているのだなと感じました。そもそも海外でのクラウドファンディングに対する考えは、基本、支援者による「投資」なんですよね。その事業が成り立てば、購入した人たちが優先的にサービスや製品を受け取れますが、達成しなければ支援者も諦める。僕のイメージするクラウドファンディングはそういうものなので、プロジェクトを立ち上げること自体は、思い立ったときにやればいいと思うんです。
――失敗を恐れず、チャレンジしてみたほうがいいと。
森:目標金額に達せず失敗したら、「失敗した」でいいのではないでしょうか。このプロジェクトはやらないほうが良かったんだという、指針が得られるわけですから、お金を無理矢理に集めて事業を始めて失敗するよりは、全然いいじゃないですか(笑)。人に求められていないのだとわかれば、そこで軌道修正もできますし。
――なるほど。そのプロジェクトに、支援者を集めるだけの魅力がなかったということが、実地に理解できますね。
森:はい、クラウドファンディングをやってみることで、世の中の声がわかる。プロジェクトを始めるだけならお金はかからないので、どんどんやってみるべきだと思いますよ。
――では、今後は「森の図書室」をどう発展させていきたいと考えていますか?
森:僕にとって「森の図書室」は限りなく趣味に近いので(笑)、やりたいことを純粋にやっていきたいですね。渋谷店は今までどおり、秘密基地らしく居心地を追求したコミュニティー空間でありたい。逆に表参道ヒルズ店は店構えがとてもオープンなので、気軽に本を好きになってもらえるキッカケの場になれたらと思っています。
森:そうですね。ブック形式のメニューや僕の感想文を載せたコースターなど、細かいものもすべて手作りしているので、忙しすぎて……。なので、今は他に支店を出す余裕はないのですが、本のセレクトやコンシェルジュ的な活動はもっとやっていけたらいいですね。本好きとして、おもしろいこと、楽しいことには挑戦していきたいです。